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maobadi
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1.共産党


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 われわれの事業を指導する中核的力は中国共産党である。
 われわれの思想をみちびく理論的基礎はマルクス・レーニン主義である。
中華人民共和国第1期全国人民代表大会第1回会議の開会の辞(1954年9月15日)

 革命をおこなうからには、革命政党が必要である。革命の政党なしには、マルクス・レーニン主義の革命理論と革命的風格にもとづいてうちたてられた革命政党なしには、労働者階級と広範な人民大衆を指導して帝国主義とその手先にうち勝つことはできない。
「全世界の革命勢力は団結して帝国主義の侵略とたたかおう」(1948年11月)、『毛沢東選集』第4巻

 中国共産党の努力がなければ、また中国共産党員が中国人民の柱石とならなければ、中国の独立と解放は不可能であり、中国の工業化と農業の近代化も不可能である。
「連合政府について」(1945年4月24日)、『毛沢東選集』第3巻

 中国共産党は全中国人民の指導的中核である。このような中核がなければ、社会主義の事業は勝利をおさめることができない。
中国新民主主義青年団第3回全国代表大会に出席した代表全員と会見したときの講話(1957年5月25日)

 規律があり、マルクス・レーニン主義の理論で武装し、自己批判の方法をとる、人民大衆と結びついた党。このような党に指導される軍隊。このような党に指導される革命的諸階級・革命的諸党派の統一戦線。この3つは、われわれが敵にうち勝つ主要な武器である。
「人民民主主義独裁について」(1949年6月30日)、『毛沢東選集』第4巻

 われわれは大衆を信じ、党を信ずるべきであって、これが2つの根本的な原理である。もしもこの2つの原理に疑いをもつなら、なにごともなしとげることはできない。
「農業協同化の問題について」(1955年7月31日)

 マルクス・レーニン主義の理論と思想によって武装された中国共産党は、中国人民のあいだに、新しい工作作風をうんだが、それは主として理論と実践を結合する作風、人民大衆と密接に結びつく作風および自己批判の作風である。
「連合政府について」(1945年4月24日)、『毛沢東選集』第3巻

 偉大な革命運動を指導する政党が、革命の理論もなく、歴史の知識もなく、実際の運動にたいする深い理解もないとすれば、勝利をかちとろうとしてもできるものではない。
「民族戦争における中国共産党の地位」(1938年10月)、『毛沢東選集』第2巻

 われわれはかつて、整風運動は「普遍的なマルクス主義の教育運動」である、といったことがある。整風とは、全党が批判と自己批判を通じて、マルクス主義を学ぶことである。整風のなかで、われわれはかならずマルクス主義をいっそう多く学びとることができる。
「中国共産党全国宣伝工作会議における講話」(1957年3月12日)

 いく億という中国人にりっぱに生活ができるようにさせ、経済的にも立ちおくれ、文化的にも立ちおくれたわれわれの国を、富裕で、強大な、高い文化をそなえた国に築きあげること、これはなみなみならぬ任務である。われわれが整風をおこなわなければならず、現在も整風をおこない、将来も整風をおこなわなければならず、われわれの身についている誤ったものをたえずはらいおときなければならないのは、われわれがこの任務をよりよく荷ないうるようにするためであり、改革をこころざす党外のすべての人びととよりよく協力して仕事をやりうるようにするためである。
「中国共産党全国宣伝工作会議における講話」(1957年3月12日)

 政策は、革命政党のあらゆる実際行動の出発点であるが、同時に、行動の過程および帰結となってあらわれる。革命政党としては、いかなる行動もすべて政策の実行である。正しい政策を実行しているか、誤った政策を実行しているか、そのどちらかであり、ある政策を意識的に実行しているか、盲目的に実行しているか、そのどちらかである。いわゆる経験とは、政策実行の過程であり、帰結である。政策は人民の実践のなかで、つまり経験のなかで、はじめてその正確か否かが証明され、また、その正確さの程度と誤りの程度が確かめられる。しかし、人びとの実践、とりわけ革命政党と革命的大衆の実践は、あれこれの政策とつながっていないものはない。したがって、ある行動をとるには、まえもって、状況にもとづいてきめられたわれわれの政策を党員と大衆にはっきり説明しなければならない。そうでなければ、党員と大衆は、われわれの政策の指導から離れて、盲目的に行動し、誤った政策を実行することになる。
「商工業政策について」(1948年2月27日)、『毛沢東選集』第4巻

 わが党は中国革命の総路線と全般的政策をきめ、またそれぞれの具体的な工作路線とそれぞれの具体的な政策をきめている。だが、多くの同志は、しばしばわが党の具体的な個々の工作路線と政策はおぼえていても、わが党の総路線と全般的政策は忘れている。もしほんとうにわが党の総路線と全般的政策を忘れているならば、われわれは盲目的な、不完全な、ぼんやりした革命家となり、具体的な工作路線と具体的な政策を遂行するにあたって、方向がわからなくなり、右に左に動揺し、われわれの工作を誤らせることになるであろう。
「山西・綏遠解放区幹部会議での演説」(1948年4月1日)、『毛沢東選集』第4巻

 政策と戦術は党の生命である。各級の指導的な同志は、けっしておろそかにせず、じゅうぶんな注意をはらわなければならない。
「状況についての通報」(1948年3月20日)、『毛沢東選集』第4巻

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2.階級と階級闘争


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 階級闘争、一部の階級が勝利し、一部の階級が消滅する。これが歴史であり、これが数千年にわたる文明史である。この観点によって歴史を解釈することを史的唯物論といい、この観点の反対側にたつのが史的観念論である。
「幻想をすてて、闘争を準備せよ」(1949年8月14日)、『毛沢東選集』第4巻

 階級社会では、だれでも一定の階級的地位において生活しており、どんな思想でも階級の烙印のおされていないものはない。
「実践論」(1937年7月)、『毛沢東選集』第1巻

 社会の変化は、主として社会の内部矛盾の発展、すなわち、生産力と生産関係との矛盾、諸階級のあいだの矛盾、新しいものとふるいものとのあいだの矛盾によるものであり、これらの矛盾の発展によって、社会の前進がうながされ、新旧社会の交代がうながされる。
 「矛盾論」(1937年8月)、『毛沢東選集』第1巻

 地主階級の農民にたいする残酷な経済的搾取と政治的抑圧のために、農民は地主階級の支配に反抗して、何度となく蜂起をおこなわざるをえなかった。……中国の封建社会では(このような農民の階級闘争、農民の蜂起、農民戦争だけが、歴史を発展させる真の原動力であった。
「中国革命と中国共産党」(1939年12月)、『毛沢東選集』第二巻

 民族闘争は、とどのつまり、階級闘争の問題である。アメリカで黒人を抑圧しているのは、白色人種のなかの反動支配グループだけである。かれらは、白色人種のなかで圧倒的多数を占める労働者、農民、革命的知識人、その他の良識をもった人びとを代表することは絶対にできない。
「アメリカ帝国主義の人種差別に反対するアメリカ黒人の正義の闘争を支持する声明」(1963年8月8日)

 人民はわれわれが組織しなければならない。中国の反動分子は、われわれが人民を組織することによってうち倒さなければならない。すべて反動的なものは、倒さないかぎり、倒れはしない。これも掃除とおなじで、ほうきがとどかなければ、ごみはやはりひとりでに逃げはしない。
  「抗日戦争勝利後の時局とわれわれの方針」(1945年8月13日)、『毛沢東選集』第4巻

 敵が自ら消滅することはありえない。中国の反動派にせよ、中国におけるアメリカ帝国主義の侵略勢力にせよ、自分からすすんで歴史の舞台をひきさがることはありえない。
   「革命を最後まで遂行せよ」(1948年12月30日)、『毛沢東選集』第4巻

 革命は、客を招いてごちそうすることでもなければ、文章をぬったり、絵をかいたり、刺しゅうをしたりすることでもない。そんなにお上品で、おっとりした、みやびやかな、そんなにおだやかで、おとなしく、うやうやしく、つつましく、ひかえ目のものではない。革命は暴動であり、一つの階級が他の階級をうち倒す激烈な行動である。
  「湖南省農民運動の視察報告」(1927年3月)、『毛沢東選集』第1巻

 蒋介石は、人民からは、わずかな権利もかならずうばい、わずかな利益もかならずとりあげる。われわれはどうか。われわれの方針は、まっこうから対決し、一寸の土地もかならず争うことである。われわれは蒋介石のやり方にならってやっている。蒋介石はいつも人民に戦争をおしつけ、左手にも刀をもてば、右手にも刀をもっている。だから、われわれもかれのやり方にならって、刀をとる。……現在、蒋介石はもう刀をといでいる。したがって、われわれも刀をとがなければならない。
「抗日戦争勝利後の時局とわれわれの方針」(1945年8月13日)、『毛沢東選集』第4巻

 われわれの敵はだれか。われわれの友はだれか。この問題は革命のいちばん重要な問題である。中国のこれまでのすべての革命闘争が成果のはなはだすくなかった根本原因は、ほんとうの敵を攻撃するのに、ほんとうの友と団結することができなかったことにある。革命の党は大衆の道案内人であり、革命の党が革命において案内をあやまったとき革命が失敗しなかったためしはない。われわれの革命がまちがった道にみちびかれず、かならず成功するという確信をもつためには、われわれのほんとうの敵を攻撃するのに、ほんとうの友と団結することに心をつかわなければならない。ほんとうの敵と友とを見わけるためには、われわれは中国社会の各階級の経済的地位と革命にたいするその態度とについて、大すじの分析をおこなわなければならない。
 「中国社会各階級の分析」(1926年3月)、『毛沢東選集』第1巻

 帝国主義と結託したすべての軍閥、官僚、買弁階級、大地主階級およびかれらに従属する一部の反動的な知識人は、われわれの敵である。工業プロレタリアートはわれわれの革命の指導力である。あらゆる半プロレタリアート、小ブルジョアジーは、われわれにもっとも近い友である。たえず動揺している中産階級は、その右翼がわれわれの敵になりうるであろうし、その左翼はわれわれの友になりうるであろう。しかし、われわれは、かれらにわれわれの陣営をかきみださせないよう、つねに警戒する必要がある。
「中国社会各階級の分析」(1926年3月)、『毛沢東選集』第1巻

 どんな人でも革命的人民の側に立つなら、その人は革命派であり、どんな人でも帝国主義、封建主義、官僚資本主義の側に立つなら、その人は反革命派である。どんな人でも口先だけは革命的人民の側に立ち、行動のうえではまったくちがっているなら、その人は口先だけの革命派であり、もしも、口先ばかりでなく、行動のうえでも革命的人民の側に立つなら、その人は徹底した革命派である。
 中国人民政治協商会議第1期全国委員会第2回会議における閉会の辞(1950年6月23日)

 われわれにとって、ある人、ある党、ある軍隊、ある学校が、もしも敵に反対されないなら、それはよいことではなく、きっと敵と野合しているのである、とわたしは考える。もしも敵に反対されるなら、それはよいことであり、われわれが敵とはっきりと一線を画していることを証明している。もしも敵がやっきになってわれわれに反対し、われわれのことをまったくでたらめであるとか、なにもかもまちがっているというなら、それはいっそうよいことであり、われわれが敵とはっきりと一線を画していることを証明しているばかりでなく、われわれの仕事がひじょうに成績をあげていることを証明している。
 「敵に反対されるのは悪いことではなく、よいことである」(1939年5月26日)

 およそ敵が反対するものは、われわれの支持すべきものであり、およそ敵が支持するものは、われわれの反対すべきものである。
 「中央通信社、掃蕩報、新民報の3記者との談話」(1939年9月16日)、『毛沢東選集』第2巻

 われわれはプロレタリアートと人民大衆の立場に立っている。共産党員についていえば、とりもなおさず、党の立場に立つことであり、党性および党の政策の立場に立つことである。
 「延安の文学・芸術座談会における講話」(1942年5月)、『毛沢東選集』第3巻

 銃をもった敵が滅ぼされてからも、銃をもたない敵は依然として存在するのであって、かれらはかならずわれわれと死に物狂いのたたかいをするであろう。われわれはけっしてこれらの敵を軽んじてはならない。もし、われわれが現在このように問題を提起し、問題を認識しないならば、われわれはきわめて大きな誤りをおかすことになる。
「中国共産党第7期中央委員会第2回総会での報告」(1949年3月5日)、『毛沢東選集』第4巻

 帝国主義者と国内の反動派はけっしてかれらの失敗に甘んぜず、なお最後のあがきをするであろう。全国平定後も、かれらはやはりさまざまな方法で破壊と攪乱《かくらん》に従事し、時々刻々、中国でその復活をたくらむであろう。これは必然的なことであり、少しも疑う余地のないことであって、われわれは絶対に自己の警戒心をゆるめてはならない。
 中国人民政治協商会議第1回全体会議における開会の辞(1949年9月21日)

 わが国では、社会主義的改造は、所有制の面においてすでに基本的に完成しており、革命の時期における大規模な、あらしのような、大衆的階級闘争はすでに基本的におわっているが、しかし、くつがえされた地主・買弁階級の残余はなお存在しており、ブルジョアジーもなお存在しており、小ブルジョアジーはやっと改造されはじめたばかりである。階級闘争はまだおわってはいない。プロレタリアートとブルジョアジーとのあいだの階級闘争、各政治勢力のあいだの階級闘争、プロレタリアートとブルジョアジーとのあいだのイデオロギー面での階級闘争は、なお長期にわたる、曲がりくねったたたかいであり、ときにはひじょうに激しいものでさえある。プロレタリアートは自己の世界観にもとづいて世界を改造しようとし、ブルジョアジーも自己の世界観にもとづいて世界を改造しようとする。この面では、社会主義と資本主義とのあいだの、どちらが勝ち、どちらが負けるかの問題は、まだほんとうには解決されていない。
「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

 わが国ではイデオロギーの面で社会主義と資本主義とのあいだの、どちらが勝ち、どちらが負けるかの闘争は、なおかなり長い期間を経なければ解決されない。これは、ブルジョアジーや旧社会からきた知識人の影響が、わが国ではなお長期にわたって存在し、それが階級的イデオロギーとして、わが国になお長期にわたって存在するからである。こうした情勢について認識がたりなかったり、ぜんぜん認識していなかったりするなる、ひじょうに大きな誤りを犯すことになり、必要な思想闘争を無視することになるであろう。
 「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

 わが国では、ブルジョアジーと小ブルジョアジーの思想、反マルクス主義的な思想は、なお長期にわたって存在するであろう。社会主義制度はわが国にすでに基本的にうちたてるれている。われわれは生産手段の所有制の改造の面で、すでに基本的な勝利をおさめているが、しかし、政治戦線と思想戦線の面では、われわれはまだ完全には勝利をおさめていない。イデオロギーの面でプロレタリアートとブルジョアジーとのあいだの、どちらが勝ち、どちらが負けるかの問題は、まだほんとうには解決されていない。われわれは、ブルジョアジー、小ブルジョアジーの思想にたいして、なお長期にわたる闘争をすすめなければならない。このような状況を理解せず、思想闘争を放棄するなら、それは誤りである。誤った思想、毒草、妖怪変化《へんげ》はすべて批判すべきであり、絶対にそれらを自由にはん濫させてはならない。しかし、こうした批判は、道理をつくし、分析をくわえ、説得力をもったものでなければなちず、粗暴な、官僚主義的なもの、あるいは形而上学的な、教条主義的なものであってはならない。
 「中国共産党全国宣伝工作会議における講話」(1957年3月12日)

 教条主義と修正主義はいずれもマルクス主義にそむくものである。マルクス主義は、かならず発展し、実践の発展にともなって発展しなければならず、とどまっていることはできない。とどまっていて、いつまでももとのままでいるなら、それは生命を失うことになる。しかし、マルクス主義の基本原則はまたそむくことのできないものであり、それにそむくなら、誤りを犯すことになる。形而上学的な観点でマルクス主義をあつかい、それを死んだものとみるなら、それは教条主義である。マルクス主義の基本原則を否定し、マルクス主義の普遍的真理を否定するなら、それは修正主義である。修正主義はブルジョア思想である。修正主義者は社会主義と資本主義との区別をまっ殺し、プロレタリアートの独裁とブルジョアジーの独裁との区別をまっ殺している。かれらが主張しているのは、実際には、社会主義路線ではなくて、資本主義路線である。現在の状況のもとでは、修正主義は教条主義よりいっそう有害なものである。思想戦線におけるわれわれの現在の重要な任務の1つは、修正主義にたいする批判をくりひろげることである。
 「中国共産党全国宣伝工作会議における講話」(1957年3月12日)

 修正主義あるいは右翼日和見主義はブルジョア思潮であって、それは教条主義よりもさらに大きな危険性をもっている。修正主義者、右翼日和見主義者もまた、口先ではマルクス主義をとなえ、「教条主義」を攻撃する。だが、かれらが攻撃するのは、まさにマルクス主義のもっとも根本的なものである。かれらは、唯物論と弁証法に反対したり、それをゆがめたりし、人民民主主義独裁と共産党の指導に反対したり、それを弱めようとしたりし、社会主義的改造と社会主義建設に反対したり、それを弱めようとしたりする。わが国の社会主義革命が基本的に勝利をおさめたのちにも、社会のいちぶには、まだ資本主義制度を復活させようと夢みるものがおり、かれらは思想面での闘争をふくめて、あらゆる面から労働者階級に闘争をしかけてくる。そして、この闘争では、修正主義者がかれらの最良の助手である。
「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

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3.社会主義と共産主義


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 共産主義はプロレタリアートの全思想体系であると同時に、また新しい社会制度でもある。このような思想体系と社会制度は、他のいかなる思想体系とも、他のいかなる社会制度とも区別されるものであって、それは人類の歴史はじまっていらいの、もっとも完全な、もっとも進歩した、もっとも革命的な、もっとも合理的なものである。封建主義の思想体系と社会制度は、すでに歴史博物館入りしたしろものである。資本主義の思想体系と社会制度も、その一部はすでに博物館(ソ連では)にはいっているが、他の部分も、すでに「日は西山にせまり、気息奄々、生命も危く、朝《あした》に夕《ゆうべ》をはかりがたし」であって、まもなく博物館入りになるであろう。ただ、共産主義の思想体系と社会制度だけがいままさに天地をくつがえす勢い、万雷のとどろく力で、全世界にひろがりあふれ、そのうるわしい青春をたもっている。
「新民主主義論」(1940年1月)、『毛沢東選集』第2巻

 社会主義制度は、とどのつまり、資本主義制度にとってかわるであろう。これは人びとの意志によっては左右できない客観法則である。反動派がどのように歴史の車輪の前進をはばもうとしても、革命は、おそかれ早かれ起こるし、また、かならず勝利をおさめるであろう。
「ソ連最高会議の偉大な10月社会主義革命40周年祝賀会における講話」(1957年11月6日)

 われわれ共産党員は、一貫して自己の政治的主張をかくさない。われわれの未来綱領もしくは最高綱領は、中国を社会主義社会と共産主義社会に前進させるものであり、これは確定的でいささかの疑問の余地もないことである。わが党の名称とわれわれのマルクス主義の世界観が、この将来のかぎりなく輝かしい、かぎりなく美しい、最高の理想を明確にさししめしている。
「連合政府について」(1945年4月24日)、『毛沢東選集』第3巻

 中国共産党の指導する中国の革命運動全体は、民主主義革命と社会主義革命という2つの段階をふくむ全革命運動である。これは性質の異なる2つの革命の過程であり、まえの革命の過程を完結しなければ、あとの革命の過程は完結できない。民主主義革命は社会主義革命の必要な準備であり、社会主義革命は民主主義革命の必然の趨勢である。そして、すべての共産主義者の最終目的は、社会主義社会と共産主義社会の最終的な達成を、全力をあげてたたかいとることである。
「中国革命と中国共産党」(1939年12月)、『毛沢東選集』第2巻

 社会主義革命の目的は、生産力を解放することにある。農業と手工業が小私有制から社会主義的集団所有制にかわり、私営工商業が資本主義的所有制から社会主義的所有制にかわることによって、必然的に、生産力は大々的に解放される。こうして、工業と農業の生産を大きく発展させるための社会的条件がっくり出されるのである。
最高国務会議における講話(1956年1月25日)

 われわれはいま、社会制度の面で私有制から共有制への革命をおこなっているばかりでなく、技術の面で手工業生産から大規模な現代的機械生産への革命をおこなっており、この2つの革命は1つにむすびついている。農業の面では、わが国の条件からみて(資本主義国では農業を資本主義化させるが)、まず協同化してからでなければ、大型機械をつかうことはできない。このことからもわかるように、われわれは、工業と農業、社会主義的工業化と農業の社会主義的改造というこの2つの事がらをけっしてきりはなしたり、たがいに孤立させたりしてはならないし、けっして一方だけを強調して、他方を弱めたりしてはならない。
「農業協同化の問題について」(1955年7月31日)

 新しい社会制度はうち立てられたばかりで、まだそれを強化する時間が必要である。新しい制度がひとたびうち立てるれると、それでもう完全に強固なものとなったなどと考えてはならないし、そんなことはありえないことである。それは一歩一歩強化していかなければならない。それを最後的に強化するには、国の社会主義的工業化を実現し、経済戦線での社会主義革命を堅持しなければならず、また、政治戦線、思想戦線で、不断の、なみなみならぬ社会主義革命の闘争と社会主義教育をおこなわなければならない。 このほか、いろいろな国際的条件が呼応することも必要である。
「中国共産党全国宣伝工作会議における講話」(1957年3月12日)

 わが国では、社会主義制度を強化するたたかい、社会主義と資本主義のどちらがどちらに勝つかのたたかいは、まだひじょうに長い歴史的時期を経なければならない。しかし、われわれは、この社会主義の新しい制度がかならず強化されるということを見てとらなければならない。われわれはかならず現代工業、現代農業、現代科学・文化をそなえた社会主義国を建設することができるであろう。
「中国共産党全国宣伝工作会議における講話」(1957年3月12日)

 われわれの国家にたいして敵対的な感情をいだいている知識人はごく少数である。このような人びとはわれわれのこのプロレタリアート独裁の国家をこのまず、旧社会に未練をもっている。かれらは、機会さえあれば、波らんをまきおこして、共産党をくつがえし、旧中国を復活させようと考えている。これは、プロレタリアートとブルジョアジーの2つの路線、社会主義と資本主義の2つの路線のうち、かたくなにあとの路線をあゆもうとしている人びとである。このあとの路線は実際には実現不可能なので、かれらは実際には帝国主義、封建主義、官僚資本主義に投降しようとしている人びとである。政界、工商業界、文化・教育界、科学・技術界、宗教界のいずれにもこのような人びとはいるのであり、それはきわめて反動的な人びとである。
「中国共産党全国宣伝工作会議における講話」(1957年3月12日)

 重大な問題は農民の教育である。農民の経済は分散しており、ソ連の経験によっても、農業の社会化にはひじょうに長い時間と細心の工作が必要である。農業の社会化なしには、全面的な、強固な社会主義はありえない。
「人民民主主義独裁について」(1949年6月30日)、『毛沢東選集』第4巻

 われわれはつぎの点に確信をもたなければならない。(1)広範な農民が、党の指導のもとで一歩一歩社会主義への道をすすんでゆきたいとのぞんでいること。(2)党が農民を指導して社会主義への道をすすませることができること。この2つの点が事物の本質であり、主流である。
「農業協同化の問題について」(1955年7月31日)

 協同組合の指導機関は、かならず指導機関における現在の貧農と新しい下層中農の優勢をうちたて、以前の下層中農と新・旧上層中農を補助的な力としなければならない。こうしてはじめて、党の政策にもとづいて、貧農と中農との団結を実現し、協同組合を強化し、生産を発展させ、全農村の社会主義的改造を正しくなしとげることができるのである。この条件がなければ、中農と貧農とは団結することができず、協同組合は強化することができず、生産は発展することができず、全農村の社会主義的改造は実現することができない。
「長沙県高山郷武塘農業生産協同組合は、中農が優位を占めていたのを、どのようにして貧農が優位を
占めるようにしたか」という文章にたいする評語(1955年)、「中国農村における社会主義の高まり」中巻

 中農とはかならず団結しなければならず、中農と団結しないのは誤りである。ところで、労働者階級と共産党は農村でだれに依拠して中農と団結し、全農村の社会主義的改造を実現するのか。もちろん、貧農しかない。以前、地主と闘争し「土地改革をおこなったときもそうであったし、いま、富農やその他の資本主義的要素と闘争し、農業の社会主義的改造をおこなうときもやはりそうである。2つの革命の時期において、中農は、最初の段階ではいずれも動揺している。大勢を見きわめ、革命がまさに勝利しようというときになって、はじめて中農は革命の側に参加してくるのである。貧農はかならず中農にはたらきかけ、中農を自分たちの側に団結させ、最後の勝利をかちとるまで、革命を日1日と広げていかなければならない。
「福安県で『中農協同組合』と『貧農協同組合』が生まれたことについての教訓」という文章にたいする評語(1955年)、
『中国農村における社会主義の高まり』中巻

 ゆたかな農民のあいだにある資本主義的傾向はゆゆしいものである。協同化運動において、また、その後のかなり長い期間において、われわれが少しでも農民にたいする政治工作をゆるめるなら、資本主義的傾向はたちまちはん濫するようになるであろう。
「資本主義的傾向にたいして断固とした闘争をおこなわなければならない」という文章にたいする評語(1955年)、
『中国農村における社会主義の高まり』上巻

 農業協同化運動は、そのはじめからきびしい思想的、政治的闘争である。どの協同組合も、このような闘争を経なければ、つくられない。まったく新しい社会制度をふるい制度の土台のうえにうちたてようとすれば、かならずこの土台をとりのぞかなければならない。ふるい制度を反映するふるい思想の残りかすは、なんといって長期にわたって人びとの頭にとどまり、そうやすやすと出ていくのではない。協同組合は、できてからもなお多くの闘争を経なければ、自己を強化することはできない。強化されたあとでも、ちょっと手をゆるめるなら、またつぶれてしまう可能性がある。
「重大な教訓」という文章にたいする評語(1955年)、『中国農村における社会主義の高まり』上巻

 さいきん数年のあいだに、農村における資本主義の自然発生的な力が日1日と発展してきており、あたらしい富農がすでにいたるところにあらわれ、多くの富裕中農が富農になろうと懸命になっている。多くの貧農は、生産手段が不足しているため、依然として貧困な地位におかれており、あるものは借金を背負い、あるものは土地を売るか、貸すかしている。こうした事態が発展していくのをそのままゆるすなら、農村における両極分化の現象は必然的に日1日と重大なものとなるであろう。土地を失った農民や、あいかわらず貧困な地位におかれている農民は、われわれがかれらを見殺しにしており、その困難を解決するのを援助していない、といって不平をこぼすにちがいない。資本主義の方向へ発展しようとする富裕中農もまた、われわれに不満をいだくであろう。なぜなら、われわれがもし資本主義の道をあゆもうとしなければ、これらの農民の要求を永遠にみたすことができないからである。こうした状況のもとで、労働者と農民の同盟がひきつづき強固なものとなっていくことができるであろうか。明らかにできない。この問題は、あたらしい基礎のうえにたってはじめて解決できるのである。 つまり、社会主義的工業化を1歩1歩実現し、手工業と資本主義的工商業にたいする社会主義的改造を1歩1歩実現していくと同時に、農業ぜんたいにたいする社会主義的改造を1歩1歩実現していくこと、すなわち、協同化をおこない、農村で富農経済の制度と小私有経済の制度を一掃して、全農村の人民をともにゆたかにすることである。われわれは、こうしなければ労働者と農民の同盟が強固なものとなることはできない、と考える。
「農業協同化の問題について」(1955年7月31日)

 ……全般的な配慮をはらうというのは、6億の人口にたいして全般的な配慮をはらうということである。われわれは計画をたて、事をおこない、問題を考えるばあい、わが国に6億の人口があるという点から出発すべきであって、けっしてこの点を忘れてはならない。
「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

 党の指導をのぞけば、6億の人口が決定的な要因である。人が多ければ、議論も多く、熱意も高まり、意気込みも強まる。いまだかつて、現在のように人民大衆の精神がふるいたち、闘志が高まり、意気があがったのを見たことがない。
「ある協同組合を紹介する」(1958年4月15日)

 他の特徴をのぞけば、中国の6億の人口がもついちじるしい特徴は、1つには経済的に貧しく、2つには文化的に立ちおくれているということである。これらは、見たところよくないようだが、実際にはよいことである。貧しければ変えようと考え、頑張ろうと考え、革命をやろうと考える。1枚の白紙はなにも背負っているものがなく、もっとも新しく、もっとも美しい文字を書くのに都合がよいし、もっとも新しく、もっとも美しい絵を書くのに都合がよい。
「ある協同組合を紹介する」(1958年4月15日)

 中国革命が全国で勝利をおさめ、土地問題が解決されたのちも、中国にはまだ二種類の基本的な矛盾が存在する。ひとつは国内的な矛盾、すなわち労働者階級とブルジョアジーとの矛盾である。もうひとつは対外的な矛盾、すなわち中国と帝国主義国との矛盾である。したがって、労働者階級の指導する人民共和国の国家権力は、人民民主主義革命の勝利ののちにおいても、これを弱めるのではなくて、強めなければならない。
「中国共産党第7期中央委員会第2回総会での報告」(1949年3月5日)、『毛沢東選集』第4巻

 「きみたちは国家権力を消滅させるのではないのか」。われわれはそうする。しかし、いまはまだそうしないし」またそうするわけにはいかない。なぜか。帝国主義がまだ存在し、国内の反動派がまだ存在し、国内の階級がまだ存在しているからである。われわれの現在の任務は、人民の国家機構、それは主として人民の軍隊、人民の警察、人民の法廷のことであるが、これを強めることによって、国防をかため、人民の利益をまもることである。
「人民民主主義独裁について」(1949年6月30日)、『毛沢東選集』第4巻

 われわれの国家は労働者階級が指導し、労働者と農民の同盟を基礎とする人民民主主義独裁の国家である。この独裁はなにをするものなのか。独裁の第1の機能は、国内の反動階級、反動派および社会主義革命に反抗する搾取者を抑圧し、社会主義建設の破壊者を抑圧することであり、それは、国内の敵味方のあいだの矛盾を解決するためである。たとえば、一部の反革命分子を逮捕するとともに、かれらに刑罰をくわえること、地主階級分子や官僚ブルジョア分子にたいして、ある期間、選挙権をあたえず、かれらに言論発表の自由の権利をあたえないことなどはみな、独裁の範囲に属する。社会の秩序を維持し、広範な人民の利益をまもるために、窃盗犯、詐欺犯、殺人、放火犯、ならずものの集団、社会の秩序をひどくみだすさまざまな悪質分子にたいしても、独裁をおこなわなければならない。独裁には、さらに第2の機能がある。それは国の外からの敵の転覆活動や、しかけてくる可能性のある侵略を防ぐことである。このような状況があらわれたばあいには、独裁は、対外的に敵と味方のあいだの矛盾を解決する任務を負う。独裁の目的は全人民の平和的な労働をまもり、.わが国を現代工業、現 代農業、現代科学・文化をそなえた社会主義国にきずきあげることにある。
「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

 人民民主主義独裁には、労働者階級の指導が必要である。というのは、労働者階級だけが、もっとも遠くを見通すことができ、公正無私であり、もっとも徹底した革命的性格に富んでいるからである。労働者階級の指導がなければ革命は失敗し、労働者階級の指導があれば革命は勝利する。このことは、革命の全歴史が証明している。
「人民民主主義独裁について」(1949年6月30日)、『毛沢東選集』第4巻

 人民民主主義独裁の基礎は労働者階級、農民階級および都市小ブルジョアジーの同盟であり、主として、労働者と農民の同盟である。なぜなち、この2つの階級は、中国の人口の80パーセントから90パーセントをしめているからである。帝国主義と国民党反動派をくつがえすのは、主としてこの2つの階級の力である。新民主主義から社会主義にたっするには、主として、この2つの階級の同盟に依存しなければならない。
「人民民主主義独裁について」(1949年6月30日)、『毛沢東選集』第4巻

 階級闘争、生産闘争、科学実験は、強大な社会主義国を建設するための3つの偉大な革命運動であり、それは共産主義者に官僚主義をとりのぞかせ、修正主義と教条主義をまぬかれさせ、永遠に不敗の地に立たせる確固とした保証であり、また、プロレタリアートに広範な勤労大衆と結びつかせ、民主主義独裁を実行させることのできるたしかな保証である。さもなければ、地主分子、富農分子、反革命分子、悪質分子、妖怪変化のたぐいをいっせいにとびださせてしまうし、しかも、われわれの幹部がそれにかまわず、ひどいばあいには多くのものが敵味方の区別がつかず、たがいに結託し、敵によってむしばまれ、分化、瓦解させられ、ひきずり出され、もぐりこまれ、さらに、多くの労働者、農民、知識人もまた敵の硬軟両様の手口にのせられてしまい、この調子でゆくなら、それほど長い期間がたたなくても、つまり、短くて数年、10数年、長くて数10年もたてば、不可避的に全国的規模の反革命の復活があらわれ、マルクス・レーニン主義の党は修正主義の党にかわり、ファシストの党にかわり、中国全体が変色してしまうであろう。
「幹部が労働に参加することについての淅江省の7つのすぐれた資料」にたいする評語(1963年5月9日)、
「フルシチョフのエセ共産主義とその世界史的教訓」で引用されたことば。1964年7月14日づけ『人民日報』

 人民民主主義独裁には2つの方法がある。敵にたいしては、独裁の方法をとる。すなわち、必要な期間、かれらを政治活動に参加させず、人民政府の法律にしたがうよう強制し、労働に従事するよう強制するとともに、労働のなかで新しい人間になるようかれらを改造するのである。人民にたいしては、これとは逆に、強制的な方法をとるのではなく、民主的な方法をとる。すなわち、かれらを政治活動に参加させなければならす、ああしろ、こうしろとかれらに強制するのではなくて、民主的な方法で、かれらに教育と説得をおこなうのである。
中国人民政治協商会議第1期全国委員会第2回会議における閉会の辞(1950年6月30日)

 さらに強固な基礎のうえに中国の社会主義事業を急速に発展させるため、中国人民は、いま共産党の指導のもとで、生気はつらつとした整風運動をおこなっている。これは、都市と農村において、社会主義と資本主義の2つの道、国家の根本制度と重大政策、党および政府の要員の工作作風、人民の生活と福祉などの諸問題について、事実をあげて道理を説く方法で、指導をうけながら、自由に全人民的な大討論をくりひろげ、それによって、人民の内部に実際に存在し、しかも現在解決を必要としているさまざまな矛盾の問題を正しく解決することである。これは社会主義的な、人民の自己教育、自己改造の運動である。
「ソ連最高会議の偉大な10月社会主義革命40周年祝賀会における講話」(1957年11月6日)

 偉大な建設の仕事をおこなうために、われわれの前には、きわめて複雑で重大な任務がよこたわっている。われわれには1千万をこえる党員がいるが、しかし、全国の人口のなかでは、やはりごく少数をしめているにすぎない。われわれの各国家機関と各種の社会事業において、多くの仕事は、党外の人びとにたよってやらなければならない。もし、われわれが人民大衆にたよることが不得手であり、党外の人びとと協力することが不得手であるなら、仕事をうまくやることはできない。われわれは、ひきつづき全党の団結をつよめてゆくとともに、また、ひきつづき各民族、民主的諸階級、民主的諸党派、人民諸団体の団結をつよめ、ひきつづきわれわれの人民民主統一戦線を強化、拡大しなければならず、党と人民との団結をさまたげるよくない現象は、どのような仕事の一環の、どのような種類のものであっても、すべて真剣にあらためるようにしなければならない。
「中国共産党第8回全国代表大会の開会の辞」(1956年9月15日)

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4.人民内部の矛盾を正しく処理する


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 われわれの前には2種類の社会的矛盾がある。すなわち、敵味方のあいだの矛盾と人民内部の矛盾である。これは性質のまったく異なった2種類の矛盾である。
「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

 敵味方のあいだの矛盾と人民内部の矛盾という2種類の異なった矛盾を正しく認識するためには、まず、人民とは何であり、敵とは何であるかをはっきりさせなければならない。……現段階、すなわち社会主義建設の時期においては、社会主義建設の事業に賛成し、これを擁護し、これに参加するすべての階級、階層、社会集団は、みな人民の範囲にはいり、社会主義革命に反抗し、社会主義建設を敵視し、破壊するすべての社会勢力と社会集団はみな人民の敵である。
「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

 わが国の現在の条件のもとでは、いわゆる人民内部の矛盾には、労働者階級内部の矛盾、農民階級内部の矛盾、知識人内部の矛盾、労農両階級のあいだの矛盾、労働者・農民と知識人とのあいだの矛盾、労働者階級およびその他の勤労人民と民族ブルジョアジーとのあいだの矛盾、民族ブルジョアジー内部の矛盾その他がふくまれる。われわれの人民政府は、人民の利益を真に代表する政府であり、人民に奉仕する政府であるが、この政府と人民大衆とのあいだにも一定の矛盾がある。この矛盾には、国家の利益、集団の利益、個人の利益のあいだの矛盾、民主と集中との矛盾、指導するものと指導されるものとのあいだの矛盾、国家機関の一部の要員の官僚主義的な作風と大衆とのあいだの矛盾がふくまれる。この種の矛盾も、人民内部の矛盾の1つである。一般的にいえば、人民内部の矛盾は、人民の利益の根本的一致を土台とする矛盾である。
「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

 敵味方のあいだの矛盾は敵対的な矛盾である。人民内部の矛盾は、勤労人民のあいだでは、非敵対的なものであるが、被搾取階級と搾取階級とのあいだでは、敵対的な1面のほかに、非敵対的な1面もある。
「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

 わが国人民の政治生活において、われわれの言論や行動の是非をどのようにして判断すべきであろうか。わが国憲法の諸原則にもとづき、わが国の最大多数の人民の意志とわが国の各政党がたびたび公表してきた共通の政治的主張にもとづいて、その基準を大体つぎのように規定することができる、とわれわれは考える。(1)人民を分裂させるのではなくて、全国各民族人民の団結に有利であること。(2)社会主義的改造と社会主義建設に不利ではなくて、社会主義的改造と社会主義建設に有利であること。(3)人民民主主義独裁を破壊したり、弱めたりするのではなくて、この独裁を固めるのに有利であること。(4)民主集中制を破壊したり、弱めたりするのではなくて、この制度を固めるのに有利であること。(5)共産党の指導からはなれたり、これを弱めたりするのではなくて、この指導を固めるのに有利であること。(6)社会主義の国際的団結と全世界の平和を愛する人民の国際的団結をそこなうのではなくて、これらの団結に有利であること。この6項目の基準のうち、もっとも重要なのは、社会主義の道と党の指導という2項目である。
「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

 反革命分子を粛清する問題は、敵味方の矛盾の闘争の問題である。人民の内部にも、反革命分子を粛清する問題について、いくぶん異なった見方をしている人びとがいくらかいる。2種類の人びとの見解がわれわれの見解と異なっている。右翼的な思想の持ち主たちは、敵味方を区別せず、敵を味方だと考えている。広範な大衆が敵だと考えている人びとを、かれらはかえって友人だと考えている。極左的な思想の持ち主たちは、敵味方の矛盾を拡大し、はては人民内部のいちぶの矛盾をも敵味方の矛盾とみなし、もともと反革命でないいちぶの人びとをも反革命とみなしている。この2つの見方はともに間違っており、どちらも反革命分子を粛清する問題を正しく処理することができず、また、反革命分子を粛清するわれわれの仕事を正しく評価することができない。
「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

 質の異なる矛盾は、質の異なる方法でしか解決できない。たとえば、プロレタリアートとブルジョアジーとの矛盾は、社会主義革命の方法によって解決され、人民大衆と封建制度との矛盾は、民主主義革命の方法によって解決され、植民地と帝国主義との矛盾は、民族革命戦争の方法によって解決され、社会主義社会における労働者階級と農民階級との矛盾は、農業の集団化と農業の機械化の方法によって解決され、共産党内の矛盾は、批判と自己批判の方法によって解決され、社会と自然との矛盾は、生産力を発展させる方法によって解決される。……異なる方法によって異なる矛盾を解決すること、これはマルクス・レーニン主義者の厳格にまもらなければならない原則である。

「矛盾論」(1937年8月)、『毛沢東選集』第1巻

 敵味方のあいだの矛盾と人民内部の矛盾というこの2種類の矛盾は、性質が異なっており、解決の方法も異なっている。簡単にいえば、前者は敵味方をはっきり区別する問題であり、後者は是非をはっきり区別する問題である。もちろん、敵味方の問題も一種の是非の問題である。たとえば、われわれと、帝国主義、封建主義、官僚資本主義などの内外の反動派とは、いったいどちらが正しく、どちらが正しくないのかということも、やはり是非の問題である。しかし、これは人民内部の問題とは性質の異なった別の種類の是非の問題である。
「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

 思想的性質に属する問題や人民内部に属する論争の問題は、すべて、民主的な方法によってのみ解決することができ、討論の方法、批判の方法、説得と教育の方法によってのみ解決することができるのであって、強制的、強圧的な方法によって解決してはならない。
「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

 人民は、効果的に生産をおこない、学習をおこない、秩序だった生活をおくるために、自分の政府や生産面の指導者、文化・教育機関の指導者たちにたいして、強制をともなういろいろ適切な行政命令をだすことを要求する。このような行政命令がなければ、社会秩序は保たれようがない。これは人びとが常識として理解しているところである。これと、説得と教育の方法によって人民内部の矛盾を解決することとは、たがいにおぎない、たすけあう2つの側面である。社会秩序を維持するという目的のために出された行政命令もまた、説得と教育をともなわなければならす、ただ行政命令だけにたよっていては、多くのばあいうまくいかないのである。
「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

 ブルジョアジー、小ブルジョアジーの思想意識はかならず反映してくるものである。かならず政治問題や思想問題で、いろいろな方法をもちいてかたくなにかれら自身を表現しようとする。かれらに反映させまい、表現させまいとしても、不可能である。われわれは、かれらが表現するのを強圧的な方法でおさえつけてはならず、かれらに表現させるべきであり、同時に、かれらが表現したばあいに、かれらと討論し、適切な批判をくわえるべきである。疑いもなく、われわれは種々さまざまな誤った思想を批判しなければならない。批判をくわえず、誤った思想がいたるところにはん濫するのを見すごし、それらが市場を占領するままにまかせておくのは、もちろんいけない。誤りがあればこれを批判し、毒草があればこれと闘争しなければならない。だが、この批判は教条主義的であってはならす、形而上学的な方法をもちいてはならず、できるかぎり弁証法的な方法をもちいるようにつとめるべきである。科学的な分析が必要であり、十分な説得力が必要である。
「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

 人民の欠点にたいして批判が必要であるが、……しかし、真に人民の立場に立ち、人民を保護し、人民を教育するあふれるばかりの熱情をもって語らなければならない。同志を敵としてとりあつかうなら、自分を敵の立場に立たせることになる。
「延安の文学・芸術座談会における講話」(1942年5月)、『毛沢東選集』第3巻

 矛盾と闘争とは普遍的であり、絶対的であるが、矛盾を解決する方法、すなわち、闘争の形態は矛盾の性質のちがいによって異なる。一部の矛盾は公然たる敵対性をもつが、一部の矛盾はそうではない。事物の具体的発展にもとづいて、一部の矛盾は、もともと非敵対性であったものから敵対性のものに発展し、また、一部の矛盾は、もともと敵対性であったものから非敵対性のものに発展する。
「矛盾論」(1937年8月)、『毛沢東選集』第1巻

 一般的な状況のもとでは、人民内部の矛盾は敵対的なものではない。しかし、その処理が不適当であったり、あるいは警戒心をうしなったり、気をゆるめたりすると、敵対関係が生ずることもありうる。こうした状況は、社会主義国では、ふつう、局部的、一時的な現象にすぎない。それは、社会主義国では人が人を搾取する制度が消滅され、人民の利益が根本的に一致しているからである。
「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」 (1957年2月27日)

 わが国では、労働者階級と民族ブルジョアジーとの矛盾は人民内部の矛盾に属する。労働者階級と民族ブルジョアジーとの階級闘争は、一般的には、人民内部の階級闘争に属する。これは、わが国の民族ブルジョアジーが2面性をもっているからである。ブルジョア民主主義革命の時期には、かれらは革命的な1面をもつとともに、妥協的な1面ももっていた。社会主義革命の時期には、かれらは労働者階級を搾取して利潤を手に入れるという一面をもつとともに、憲法を守り、社会主義的改造をうけいれようとする一面ももっている。民族ブルジョアジーは、帝国主義、地主階級、官僚ブルジョアジーとは異なっている。労働者階級と民族ブルジョアジーとのあいだには搾取と被搾取の矛盾が存在しており、これはもともと敵対的な矛盾である。しかし、わが国の具体的な条件のもとでは、この2つの階級の敵対的な矛盾は、処理が適切であれば、非敵対的な矛盾に転化させることができるし、平和的な方法によってこの矛盾を解決することができる。もしも、われわれの処理が適切でなく、民族ブルジョアジーにたいして団結、批判、教育の政策をとらなかったり、あるいは民族ブルジョアジーがわれわれ のこの政策をうけいれなかったりすれば、労働者階級と民族ブルジョアジーとのあいだの矛盾は敵味方のあいだの矛盾に変わることになる。
「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

 社会主義国内部の反動派と帝国主義者はたがいに結託して、人民内部の矛盾を利用し、離間挑発をはかり、波らんをまきおこして、かれらの陰謀を実現しようとした。ハンガリー事件のこうした教訓にたいしては、みんなが注意をはらうべきである。
「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

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5.戦争と平和


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 戦争――それは私有財産と階級が発生してからはじまった階級と階級、民族と民族、国家と国家、政治集団と政治集団とのあいだの、一定の発展段階での矛盾を解決するためにとられる最高の闘争形態である。
「中国革命戦争の戦略問題」(1936年12月)、『毛沢東選集』第1巻

 「戦争は政治の継続である」、この点からいえば、戦争とは政治であり、戦争そのものが政治的性質をもった行動であって、昔から政治性をおびない戦争はなかった……
 だが、戦争にはその特殊性があり、この点からいえば、戦争がそのまま政治一般ではない。「戦争は別の手段による政治の継続である」。政治が一定の段階にまで発展して、もうそれ以上従来どおりには前進できなくなると、政治の途上によこたわる障害を一掃するために戦争が勃発する。……障害が一掃され、政治目的が達成されれば、戦争は終わる。障害がすっかり一掃されないうちは、目的をつらぬくために、戦争は依然として継続されるべきである。……したがって、政治は血を流さない戦争であり、戦争は血を流す政治であるといえる。
「持久戦について」(1938年5月)、『毛沢東選集』第2巻

 歴史上の戦争は2つの種類にわけられる。1つは正義の戦争であり、もう1つは不正義の戦争である。すべて、進歩的な戦争は正義のものであり、進歩をはばむ戦争は不正義のものである。われわれ共産党員は、進歩をはばむすべての不正義の戦争に反対するが、進歩的な正義の戦争には反対しない。後者にたいしては、われわれ共産党員は反対しないばかりか、積極的に参加する。前者、たとえば第1次世界大戦では、双方とも帝国主義の利益のために戦ったので、全世界の共産党員はその戦争には断固として反対した。反対する方法は、戦争が勃《ぼっ》発するまでは、極力その勃発を阻止することであるが、すでに勃発したのちには、その可能性さえあれば、戦争によって戦争に反対し、正義の戦争によって不正義の戦争に反対することである。
「持久戦について」(1938年5月)、『毛沢東選集』第2巻

 階級社会では、革命と革命戦争が不可避であり、それなしには、社会発展の飛躍を達成することもできなければ、反動的支配階級をうちたおして人民に権力をにぎらせることもできない。
「矛盾論」(1937年8月)、『毛沢東選集』第1巻

 革命戦争は抗毒素であって、それはたんに敵の毒素を排除するばかりでなく、自己の汚れをも洗いきよめるであろう。正義の、革命的な戦争というものは、その力がきわめて大きく、多くの事物を改造することができ、または事物を改造する道をきりひらく。中日戦争は中日両国を改造するであろう。中国が抗戦を堅持し、統一戦線を堅持しきえすれば、かならず、ふるい日本を新しい日本にかえ、ふるい中国を新しい中国にかえ、中日両国の人も物も、ことごとく今度の戦争のなかで、また戦争のあとで改造されるであろう。
「持久戦について」(1938年5月)、『毛沢東選集』第2巻

 共産党員の1人ひとりが、「鉄砲から政権がうまれる」という真理を理解すべきである。
「戦争と戦略の問題」(1938年11月6日)、『毛沢東選集』第2巻

 革命の中心任務と最高の形態は、武力による政治権力の奪取であり、戦争による問題の解決である。このマルクス・レーニン主義の革命原則は普遍的に正しく、中国においても外国においても一様に正しい。
「戦争と戦略の問題」(1938年11月6日)、『毛沢東選集』第2巻

 中国では、武装闘争を離れては、プロレタリアートの地位はなく、人民の地位はなく、共産党の地位はなく、革命の勝利はない。18年らい、わが党の発展、強化およびボリシェビキ化は、革命戦争のなかですすめられており、武装闘争なしには、こんにちの共産党もありえない。血をもってあがなわれたこの経験を、全党の同志はわすれてはならない。
「『共産党人』発刊のことば」(1939年10月4日)、『毛沢東選集』第2巻

 マルクス主義の国家学説にかんする観点からみれば、軍隊は国家権力の主要な構成要素である。国家権力を奪取し、しかもそれを保持しようとするものは、強大な軍隊をもつべきである。われわれを「戦争万能論」だと笑うものがあるが、そのとおり、われわれは革命戦争万能論者である。それはわるいことではなく、よいことであって、マルクス主義なのである。ロシア共産党の鉄砲は社会主義をつくりだした。われわれは民主共和国をつくろうとしている。帝国主義時代の階級闘争の経験は、労働者階級と勤労大衆が武装したブルジョアジーと地主にうち勝つには、鉄砲の力によるほかはないことをわれわれに教えている。この意味から、世界全体を改造するには鉄砲によるほかはない、ということができる。
「戦争と戦略の問題」(1938年11月6日)、『毛沢東選集』第2巻

 われわれは戦争消滅論者であり、戦争を必要としない。だが、戦争を消滅するには、戦争をつうじるほかはないのであり、鉄砲を不要にするには、鉄砲を手にしなければならない。
「戦争と戦略の問題」(1938年11月6日)、『毛沢東選集』第2巻

 戦争――人類がたがいに殺しあうこの怪物は、人類社会の発展が、終局的には、これを消滅させるし、しかも、遠くない将来に消滅させることになる。だが、それを消滅させる方法はただ1つしかないのであって、それは戦争をもって戦争に反対し、革命戦争をもって反革命戦争に反対し、民族革命戦争をもって民族反革命戦争に反対し、階級的革命戦争をもって階級的反革命戦争に反対することである。……人類の社会が、階級を消滅し、国家を消滅するところまで進歩したとき、そのときにはどんな戦争もなくなる。反革命戦争もなければ、革命戦争もなく、不正義の戦争もなければ、正義の戦争もなくなる、これが人類の永遠の平和の時代である。われわれが革命戦争の法則を研究するのは、すべての戦争を消滅させようとするわれわれの願望からでており、これがわれわれ共産党員とすべての搾取階級とを区別する境界線である。
「中国革命戦争の戦略問題」(1936年12月)、『毛沢東選集』第1巻

 わが国と社会主義諸国は平和を必要としており、世界各国の人民も平和を必要としている。戦争を熱望し、平和を欲しないのは、少数の帝国主義国のなかの、侵略によってぼろもうけをするいちぶの独占資本集団だけである。
「中国共産党第8回全国代表大会の開会の辞」(1956年9月15日)

 世界の恒久平和をたたかいとるためには、われわれは、社会主義陣営の兄弟諸国との友好と協力をいっそう発展させるとともに、平和を愛するすべての国ぐにとの団結をつよめなければならない。われわれは、われわれと平和につきあうことを望んでいるすべての国ぐにとのあいだに、領土・主権の相互尊重と平等・互恵の基礎のうえにたって、正常な外交関係をうちたてるようにつとめなければならない。アジア・アフリカ・ラテンアメリカ諸国の民族独立解放運動および世界のあらゆる国ぐにの平和運動と正義の闘争にたいして、われわれは積極的な支持をあたえなければならない。
「中国共産党第8回全国代表大会の開会の辞」(1956年9月15日)

 帝国主義国についていえば、われわれは、やはり、そこの人民と団結するとともに、それらの国ぐにとの平和的共存につとめ、商売をやり、起こるかもしれない戦争を制止するようにしなければならない。しかし、われわれは、けっして、かれらについて実際にそぐわない考えをもつべきではない。
「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

 われわれは平和をのぞんでいる。しかし、もしも帝国主義があくまでも戦争をしようとするなら、われわれも腹をきめてかかり、戦争をしてから建設するほかはない。まいにち戦争をこわがっていても、戦争がやってきたらどうしようもないではないか。さきに、わたしは東風が西風を圧倒しており、戦争はおこりえないといったが、いま、戦争が勃発したときの状況について、さらにこれらの補足的な説明をつけくわえたので、これで2つの可能性とも予想しつくしたことになる。
各国共産党・労働者党のモスクワ会議における講話(1957年11月18日)、
1963年9月1日づけ『人民日報』の「中国政府スポークスマンの声明」のなかで引用されたことば

 いま、世界各国の人びとは、第3次世界大戦がおこるかどうかを話しあっている。この問題について、われわれは精神的な準備もしなければならないし、分析もしなければならない。われわれは平和を堅持し、戦争に反対するものである。だが、もしも帝国主義がどうしても戦争をおこすなら、われわれはそれをおそれる必要もない。この問題にたいするわれわれの態度は、すべての「騒乱」にたいする態度と同じで、第1には反対し、第2には恐れない、ということである。第1次世界大戦後、2億の人口をもつソ連があらわれた。第2次世界大戦後には、あわせて9億の人口をもつ社会主義陣営があらわれた。もし、帝国主義者がどうしても第3次世界大戦をおこすなら、その結果は、かならずさらに幾億かの人口が社会主義の側に移り、帝国主義に残される地盤が少なくなり、帝国主義制度全体が完全に崩壊することもありうる、と断定できる。
「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

 攪乱、失敗、ふたたび攪乱、ふたたび失敗、さいごに滅亡――これが人民の事業に対処する、帝国主義と世界のいっさいの反動派の論理で、かれらはけっしてこの論理に反することはない。これはマルクス主義の法則である。われわれが「帝国主義はきわめて凶悪だ」というのは、その本性はあらためることのできないものだということをいっているのである。帝国主義者は、その滅亡の日まで、けっして屠刀を捨てようとするものではなく、また、けっして善人になれるものでもない。
 闘争、失敗、ふたたび闘争、ふたたび失敗、ふたたび闘争、さいごに勝利――これが人民の論理で、人民もまたけっしてこの論理に反することはない。これはマルクス主義のもう一つの法則である。ロシア人民の革命はこの法則にしたがったし、中国人民の革命もまたこの法則にしたがっている。
「幻想をすてて、闘争を準備せよ」 (1949年8月14日)、『毛沢東選集』第4巻

 われわれは、勝利したからといって、けっして帝国主義者とその手先どもの狂気じみた報復の陰謀に警戒をゆるめてはならない。警戒をゆるめるものは、政治的に武装を解いて受身の立場にたつことになる。
「新政治協商会議準備会での演説」 (1949年6月15日)、『毛沢東選集』第4巻

 帝国主義者とその手先中国反動派は、中国というこの土地での失敗にあまんじるものではない。かれらは今後ともたがいに結託し、いろいろと可能な手段をこうじても中国人民に立ちむかってくるにちがいない。たとえば、かれらの手先を送って中国の内部にもぐりこませ、分裂工作や攪乱工作をおこなうことである。これはかならずおこることで、かれらはこの工作をぜったいに忘れはしない。また、たとえば、中国の反動派をそそのかし、さらに、かれら自身の力までくわえて、中国の海港を封鎖することである。可能性さえあれば、かれらはそうするであろう。さらに、かれらが冒険をやろうとすれば、一部の兵力を派遣して中国の辺境に侵入し、攪乱することもありえないことではない。これらのすべてを、われわれはじゅうぶんに計算にいれておかなければならない。
「新政治協商会議準備会での演説」 (1949年6月15日)、『毛沢東選集』第4巻

 世界は進歩しつつあり、前途は明るい。この歴史の全般的な趨勢は、なにびとといえども変えることはできない。われわれは世界の進歩の状況と明るい前途をつねに人民に宣伝し、人民に勝利の確信をもたせなければならない。
「重慶交渉について」(1945年10月17日)、『毛沢東選集』第4巻

 人民解放軍の全指揮員、戦闘員は、自己の戦闘意欲をぜったいに、いささかもゆるめてはならない。戦闘意欲をゆるめたり敵を軽んじたりする考えは、どのようなものもすべて誤りである。
「中国共産党第7期中央委員会第2回総会での報告」(1949年3月5日)、『毛沢東選集』第4巻

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6.帝国主義とすべての反動派はハリコの虎である


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 すべての反動派はハリコの虎である。反動派は、見たところ、おそろしそうでも、実際には、なにもたいした力はもっていない。ながい目で見れば、ほんとうに強大な力をもっているのは、反動派ではなくて、人民である。
「アメリカの記者アンナ・ルイズ・ストロングとの談話」(1946年8月)、『毛沢東選集』第4巻

 世のなかのあらゆる事物で、2重性をそなえていないものがない(すなわち対立面の統一の法則)のと同様に、帝国主義といっさいの反動派も2重性をそなえており、かれらは本物の虎でもあれば、またハリコの虎でもある。歴史的にみて、奴隷主階級、封建的地主階級およびブルジョアジーは、かれらが支配権力をかちとる前と支配権力をかちとった後のある時期には、生気にあふれており、革命家であり、すすんだ人間であり、本物の虎であった。だが、その後のある時期には、かれらの対立面である奴隷階級、農民階級およびプロレタリアートがしだいに強大になって、かれらと闘争し、しかもその闘争がますます激しくなったので、かれらはしだいに反対の側に転化して、反動派になり、立ちおくれた人間になり、ハリコの虎になり、ついには人民によってくつがえされたか、あるいは、くつがえされようとしている。反動的な、立ちおくれた、老い朽ちた階級は、人民の決死の闘争に直面したときも、やはりこうした2重性をあらわす。一方では、かれらは本物の虎であって、人を食う。何百万人、何千万人の人を食う。人民のたたかいの事業が苦難の時代におかれ、多くのまがりくねった道があらわ れた。中国人民は、帝国主義、封建主義、官僚資本主義の中国における支配をくつがえすために、百余年の時日をついやし、何千万人もの人命をうしなって、やっと1949年の勝利をかちとった。見たまえ、これは生きた虎、鉄の虎、本物の虎ではないか。だが、かれらはついに、ハリコの虎、死んだ虎、豆腐の虎に転化してしまった。これは歴史の事実である。まさか、こうしたものを見たり聞いたりしたことがないとはいえまい。ほんとうに、何千何万、何千何万という事実があるのである。だから、本質的に物を見、ながい目で物を見、戦略的に物を見るときには、ありのままに、帝国主義といっさいの反動派を、ハリコの虎と見なければならない。われわれの戦略思想は、この観点の上にうちたてられる。他方では、かれらはまた、生きた、鉄の、本物の虎で、人を食う。われわれの戦術思想は、この観点の上にうちたてられる。
中国共産党中央政治局の武昌会議における講話(1958年12月1日)、
『毛沢東選集』第4巻の「アメリカの記者アンナ・ルイズ・ストロングとの談話」という文章についての解題

 わたしはかって、強大だといわれるすべての反動派は、どれもこれもハリコの虎にすぎないといった。その理由は、かれらが人民から遊離していることにある。見たまえ、ヒトラーはハリコの虎ではなかったか。ヒトラーはうちたおされたではないか。わたしはまた、ツァーはハリコの虎であり、中国の皇帝はハリコの虎であり、日本帝国主義はハリコの虎であるといったが、見たまえ、みなたおれてしまった。アメリカ帝国主義はたおれておらず、まだ原子爆弾をもっているが、わたしのみるところでは、これもたおれるし、やはりハリコの虎である。
各国共産党・労働者党のモスクワ会議における講話(1957年11月18日)

 「石をもちあげて、自分自身の足を打つ」。これは、中国人が一部の愚か者の行為をたとえていった諺である。各国の反動派も、こうした愚か者にほかならない。かれらが革命的人民にくわえているさまざまな迫害は、とどのつまり、人民のいっそう広範な、いっそうはげしい革命をうながすだけである。ツァーと蒋介石が革命的な人民にくわえたさまざまな迫害が、偉大なロシア革命と偉大な中国革命にたいして、そうした促進作用をはたしたのではなかったであろうか。
「ソ連最高会議の偉大な10月社会主義革命40周年祝賀会における講話」(1957年11月6日)

 アメリカ帝国主義は、9年らい、わが国の領土台湾を侵略・占領してきたし、さきごろはまた、武装部隊を派遣してレバノンを侵略・占領した。アメリカは全世界の多くの国ぐにに数百にのぼる軍事基地を設けている。中国の領土台湾、レバノンおよび外国にあるアメリカのすべての軍事基地は、いずれもアメリカ帝国主義の首にまきつけられたナワである。ほかでもなく、アメリカ人自身がこうしたナワをつくり、それを自分の首にまきつけ、そしてナワのもういっほうの端を中国人民、アラブ諸国人民および全世界の平和を愛し侵略に反対するすべての人民に渡しているのである。アメリカ侵略者がこれらの地域に踏みとどまるのが長ければ長いだけ、その首にまきつけられたナワはいよいよひきしめられてゆくであろう。
最高国務会議における講話(1958年9月8日)

 帝国主義者の寿命はそう長くはない。なぜなら、かれらは悪のかぎりをつくしており、ひたすら各国の反人民的な反動派を助け、多くの植民地、半値民地、軍事基地を不法占領し、原子戦争で平和をおびやがしているからである。こうしてかれらは、全世界の90パーセント以上の人びとが、現在または将来、いっせいにたちあがってかれらに攻撃をくわえることを余儀なくさせているのである。だが、帝国主義者はいまのところまだ生きているし、あいかわらずアジア、アフリカ、ラテンアメリカにたいして横暴のかぎりをつくしている。かれらは西側の世界でも、あいかわらずかれらの国の人民大衆を抑圧している。こうした局面は、是非とも改めなければならない。帝国主義、主としてアメリカ帝国主義の侵略と抑圧を終わらせることは、全世界人民の任務である。
新華社記者にたいする談話(1958年9月29日)

 アメリカ帝国主義はいたるところで横暴のかぎりをつくしており、自分自身を、全世界人民を敵とする地位におき、自分自身をますます孤立させている。アメリカ帝国主義の手中にある原子爆弾、水素爆弾は、奴隷になることを欲しないすべての人をおどしあげることはできない。アメリカ侵略者に反対する全世界人民の怒りの波はくいとめることができない。アメリカ帝国主義とその手先に反対する全世界人民のたたかいは、かならずいっそう偉大な勝利をおさめるであろう。
「パナマ人民の反米愛国正義の闘争を支持する談話」(1964年1月12日)

 アメリカの独占資本集団は、もしもその侵略政策と戦争政策をあくまでおしすすめるなら、いつかはかならず全世界の人民から絞首刑に処せられるであろう。その他のアメリカの共犯者もおなじである。
最高国務会議における講話(1958年9月8日)

 敵と闘争するため、われわれは長いあいだに、1つの概念をつくりあげてきた。それはつまり、われわれは戦略上ではいっさいの敵を蔑視しなければならず、戦術上ではいっさいの敵を重視しなければならない、ということである。いいかえれば、われわれは全体のうえではかならずそれを蔑視しなければならず、個々の具体的な問題ではかならずそれを重視しなければならない、ということである。もしも、全体のうえで敵を蔑視するのでなければ、われわれは日和見主義の誤りを犯すことになる。マルクスとエンゲルスはただ2人だけだったが、当時、かれらは全世界の資本主義はうちたおされるであろうといった。しかし、具体的な問題、個々の敵の問題で、もしもわれわれがそれを重視しないなら、われわれは冒険主義の誤りを犯すことになる。戦いはひといくさひといくさ戦うほかはなく、敵は1部分1部分消滅していくほかはない。工場はひとつひとつ建てていくほかはなく、農民が田をたがやすときは、1枚1枚たがやすほかはない。めしを食うにしても、そのとおりである。われわれは、このめしをたいらげることができる、と戦略のうえでは、めしを食うことを蔑視する。だが、具体的に食うとなると、やはりひと口ひと口食うのであって、だれも宴会の料理をひと口に呑みくだすことはできない。これを名づけて個々に解決するといい、軍事書籍では各個撃破というのである。
各国共産党・労働者党のモスクワ会議における講話(1957年11月18日)

 わたしは、現在の国際情勢は、1つの新しい転換点にきていると考える。世界には、現在2つの風、すなわち東風と西風がある。中国には「東風が西風を圧倒するか、西風が東風を圧倒するかである」という成語がある。わたしは、当面の情勢の特徴は、東風が西風を圧倒していること、つまり、社会主義の力が帝国主義の力にたいして圧倒的な穣勢をしめていることである、と考える。
各国共産党・労働者党のモスクワ会議における講話(1957年11月18日)
  
  
  

 
 
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7.敢然とたたかい、敢然と勝利する


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 全世界人民は団結して、アメリカ侵略者とそのすべての手先をうちやぶろう。全世界人民は勇気をもち、敢然とたたかい、困難をおそれず、あとからあとへと身を挺してつき進んでゆくべきであり、そうすれば、全世界はかならず人民のものである。すべての悪魔はのこらず一掃されるであろう。
「アメリカの侵略に反対するコンゴ(レ)人民を支持する声明」(1964年11月28日)

 中国共産党は、マルクス・レーニン主義の科学をよりどころとして、冷静に国際・国内情勢を評価しており、内外反動派のあらゆる攻撃は、打ち破らなければならないし、また打ち破りうることを知っている。空に暗雲があらわれたとき、われわれはすぐこう指摘した。これは一時の現象にすぎない、暗雲はまもなくすぎさるだろう、暁の光はすぐ目の前にきている、と。
「当面の情勢とわれわれの任務」(1947年12月25日)、『毛沢東選集』第4巻

 人類の歴史では、滅亡しようとする反動勢力は、つねに革命勢力にたいして最後のあがきをするものであるが、一部の革命的な人びとも、ある時期には、とかくこうした見かけだおしの現象に惑わされ、敵がまもなく消滅され、自分がまもなく勝利するという実質が見ぬけないことがある。
「第2次世界大戦の転換点」(1942年10月12日)、『毛沢東遷集』第3巻

 もしかれらが戦いたいというなら、かれらを徹底的に殲滅するまでである。ものごとはこうしたもので、相手が攻めてくれば、われわれはそれを殲滅する、そうすれば、相手はさっぱりする。すこし殲滅してやれば、すこしさっぱりし、たくさん殲滅してやれば、たくさんさっぱりし、徹底的に殲滅してやれば、徹底的にさっぱりする。中国の問題は複雑だから、われわれの頭もすこし複雑にならなければならない。むこうが攻めてくれば、われわれは戦うが、戦うのは平和をかちとるためである。
「重慶交渉について」(1945年10月17日)、『毛沢東選集』第4巻

 攻撃してくるものがあっても、条件が戦闘に有利なかぎり、わが党はかならず自衛の立場にたって、だんことして、徹底的に、きれいに、全部これを消滅するであろう(軽率に戦ってはならない。戦うからには、かならず勝たなければならない)。絶対に反動派のいたけだかな勢いにのまれてはならない。
「国民党と和平交渉をすすめることについての中国共産党中央の通達」 (1945年8月26日)、『毛沢東選集』第4巻

 われわれ自身の願望についていえば、われわれは、ただの1日も戦いたくはない。だが、情勢にせまられて、どうしても戦わないわけにいかないとすれば、われわれは最後まで戦うことができる。
「アメリカの記者アンナ・ルイズ・ストロングとの談話」(一九四六年八月)、『毛沢東選集』第四巻

 われわれは平和をのぞんでいる。だが、アメリカ帝国主義がその横暴で、理不尽な要求と侵略拡大の陰謀を放棄しないかぎり、中国人民の決意は、朝鮮人民とともにたたかいぬくのみである。これはわれわれが好戦的であるからではないのであって、われわれは、即時停戦し、残された問題を将来解決するようのぞんでいる。だが、アメリカ帝国主義はそうしたがらない。それならそれで結構である。たたかいつづけよう。アメリカ帝国主義がなん年たたかいつづけようと、われわれも、アメリカ帝国主義が手をひきたくなるときまで、中朝人民が完全に勝利するときまで、なん年もたたかいつづける用意がある。
中国人民政治協商会議第1期全国委員会第四回会議における講話(1953年2月7日)

 われわれは、自己の内部にあるあらゆる軟弱無能な思想を一掃すべきである。敵の力を過大に評価し、人民の力を過小に評価するあらゆる見方は誤りである。
「当面の情勢とわれわれの任務」(1947年12月25日)、『毛沢東選集』第4巻

 被抑圧人民と被抑圧民族は、けっしてみずからの解放を帝国主義とその手先の「賢明さ」に託してはならず、ただ団結をつよめ、闘争を堅持することによってのみ、勝利をかちとることができるのである。
「ベトナム南部の人民にたいするアメリカ――ゴ・ジンジェム一味の侵略と虐殺に反対する声明」(1963年8月29日)

 全国的な内戦がいつ勃発しようとも、われわれにはじゅうぶんそなえができていなければならない。すこしはやく、あすの朝、戦争になったとしても、われわれにはそなえがある。これが第1の点である。現在の国際情勢と国内情勢からみて、内戦をしばらくのあいだ局部的な範囲にとどめることは可能であり、内戦はしばらくのあいだいくつかの地方的な戦争になる可能性がある。これが第2の点である。第1の点では、われわれにはそなえがあるし、第2の点では、まえからそうなっている。要するに、われわれにはそなえがなければならない。そなえがあれば、いろいろな複雑な局面にも適切に対処することができるのである。
抗日戦争勝利後の時局とわれわれの方針」(1945年8月13日)、『毛沢東選集』第4巻

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8.人民戦争


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 革命戦争は大衆の戦争であり、戦争をするには大衆を動員する以外になく、戦争をするには大衆に依拠する以外にない。

「大衆の生活に関心をよせ、活動方法に注意せよ」(1934年1月27日)、『毛沢東選集』第1巻

 ほんとうの金城鉄壁とはなにか。それは大衆である。まごころから革命を支持する何百何千万の大衆である。これが、どのような力にもうちやぶられない、まったくうちやぶられることのない、ほんとうの金城鉄壁である。反革命はわれわれをうちやぶることはできないが、われわれは反革命をうちやぶらなければならない。革命政府のまわりに何百何干万の大衆を結集して、われわれの革命戦争を発展させたなら、われわれはすべての反革命を消滅することができ、全中国を奪取することができる。

「大衆の生活に関心をよせ、活動方法に注意せよ」(1934年1月27日)、『毛沢東選集』第1巻


 戦争の偉力のもっとも深い根源は民衆のなかにある。日本があえてわれわれをあなどるのは、主として中国の民衆が無組織の状態にあるからである。この欠点が克服されれば、日本侵略者は立ちあがったわれわれ数億の人民の面前にひきすえられ、火の海にとびこんできた野牛のようになって、われわれが1声叫んだだけでびっくりし、かならず焼け死んでしまう。

「持久戦について」(1938年5月)、『毛沢東選集』第2巻


 帝国主義者はこのようにわれわれをあなどっているが、これには真剣に対処する必要がある。われわれは強大な正規軍をもたなければならないだけでなく、大々的に民兵師団をつくらなければならない。そうすれば、帝国主義がわが国を侵略したとき、かれらを身動きできないようにすることができる。

新華社記者にたいする談話(1958年9月29日)


 革命戦争全体の観点からすると、人民の遊撃戦争は、主力の赤軍とはおたがいに両腕の関係をなしており、人民の遊撃戦争がなくて、ただ主力の赤軍だけならば、あたかも片腕将軍のようなものである。根拠地の人民の条件とは、具体的にいうと、とくに作戦についていうと、武装した人民がいることである。敵がおそろしいところとしているのも、主としてこの点にある。

「中国革命戦争の戦略問題」(1936年12月)、『毛沢東選集』第1巻


 戦争の勝敗は、主として戦う双方の軍事、政治、経済、自然などの諸条件によって決定されることはいうまでもない。だがそれだけではなく、戦う双方の主体的指導の能力によっても決定される。軍事家には物質的条件のゆるす範囲をこえて戦争の勝利をはかることはできないが、物質的条件のゆるす範囲内で、戦争の勝利をたたかいとることができるし、また、たたかいとらなければならない。軍事家の活躍する舞台は、客観的物質的条件のうえにきずかれるが、しかし軍事家は、その舞台1つで、精彩にとんだ、勇壮な多くの劇を演出できるのである。

「中国革命戦争の戦略問題」(1936年12月)、『毛沢東選集』第1巻


 戦争の目的はほかでもなく、「自己を保存し、敵を消滅する」(敵を消滅するとは、敵のすべてを肉体的に消滅することではなくて、敵の武装を解除すること、つまり「敵の抵抗力をうばう」ことをいう)ことである。古代の戦争では矛と盾がつかわれた。矛は攻撃するものであり、敵を消滅するためのものであった。盾は防御するものであり、自己を保存するためのものであった。今日の兵器も、やはりこの両者の延長である。爆撃機、機関銃、長距離砲、毒ガスは矛の発展であり、防空設備、鉄かぶと、コンクリート構築陣地、防毒マスクは盾の発展である。戦車は矛と盾とを1つに結合した新しい兵器である。攻撃は敵を消滅するための主要な手段であるが、防御もなくてはならない。攻撃は直接には敵を消滅するためのものであるが、敵を消滅しないと、自己が消滅されてしまうから、同時に自己を保存するためのものでもある。防御は直接には自己を保存するためのものであるが、同時にまた攻撃を補助するか、もしくは攻撃に転ずるのを用意するための手段でもある。退却は防御の1種であり、防御の継続である。そして、追撃は攻撃の継続である。効果的に自己を保存するには、敵を大量に消滅 する以外にはないので、戦争目的のうちでは、敵を消滅することが主要なもので、自己を保存することは第2義的なものだということをここで指摘しなければならない。したがって、敵を消滅する主要な手段としての攻撃が主要なものであり、そして敵を消滅する補助的手段としての、自己を保存する1手段としての防御は第2義的なものである。戦争の実際においては、多くのばあいは防御が主となり、その他のばあいは攻撃が主となるが、しかし、戦争全体を通じてみれば、攻撃がやはり主要なものである。

「持久戦について」(1938年5月)、『毛沢東選集』第2巻


 あらゆる軍事行動の指導原則は、できるかぎり自己の力を保存し、敵の力を消滅するという基本原則にもとづいている。……戦争のなかで、勇敢な犠牲をよびかけるのはどう解釈したらよいか。どの戦争でも代価を、ときには非常に大きな代価を支払わなければならないが、これは「自己保存」と矛盾しないだろうか。じつは少しも矛盾するものではなく、もう少し正確にいうならば、それはたがいに反しながら、たがいに成りたたせあっているのである。なぜなら、このような犠牲は、敵の消滅に必要であるばかりでなく、自己の保存にも必要である――部分的に一時的に「保存しない」 (犠牲あるいは支払い)ことは、全体的に永久的に保存するために必要だからである。この基本的な原則から、軍事行動全体を指導する一連のいわゆる原則がうまれてくる。射撃の原則(身体を隠蔽すること、火力を発揮すること、前者は自己を保存するためのもの、後者は敵を消滅するためのもの)から、戦略原則にいたるまでのすべてが(この基本原則の精神につらぬかれている。すべての技術的、戦術的、戦役的、戦略的な原則は、この基本原則を実行するときの条件である。自己を保存し、敵を消滅する原則が、あらゆる軍事原則の根拠である。

「抗日遊撃戦争の戦略問題」(1938年5月)、『毛沢東選集』第2巻


 われわれの軍事原則はつぎのとおりである。(1)さきに、分散し孤立した敵を攻撃し、あとで、集中した強大な敵を攻撃する。(2)さきに、小郡市、中都市および広大な農村を手にいれ、あとで、大都市を手にいれる。(3)敵の兵員の殲滅を主要目標とし、都市や地域の保持または奪取を主要目標とはしない。都市や地域の保持または奪取は、敵の兵員を殲滅することによって得られる結果で、これを何回もくりかえさなければ、最後的に保持または奪取できないばあいが多い。(4)どの戦闘でも、圧倒的に優勢な兵力(敵の兵力の2倍、3倍、4倍の、ときには5倍または6倍もの兵力)を集中して、四方から敵を包囲し、一兵も逃がさないよう、極力完全殲滅をはかる。特殊な状況のもとでは、敵に殲滅的な打撃をあたえる方法をとる。すなわち、全力を集中し、敵の正面とその一翼あるいは両翼を攻撃して、その一部を殲滅し、他の一部を撃破する目的をとげ、それによって、わが軍が急速に兵力を移動させて、他の敵軍部隊を粉砕できるようにする。損得のつぐなわない、あるいは損得の相半ばするような消耗戦は極力さける。そうすれば、われわれは、全体的には、劣勢(数のうえからいって)であっても、ひとつひとつの局部においては、またひとつひとつの具体的な戦役においては、絶対優勢となるので、戦役の勝利が保証されることになる。時がたつにつれて、われわれは、全体的にも優勢に転じ、ついには、いっさいの敵を殲滅するにいたるであろう。(5)準備のない戦いはせず、自信のない戦いはしない。いずれの戦いにも、あくまでじゅうぶんな準備をし、敵味方の条件を比較したうえで、あくまで勝利の確信をもつようにしなければならない。(6)勇敢に戦い、犠牲をおそれず、疲労をおそれず、連続的に戦う(すなわち、短期間内に、休まず、たてつづけにいくつもの戦闘をする)という作風を発揮する。(7)できるかぎり、運動戦のなかで、敵を殲滅するようにする。同時に、陣地攻撃の戦術を重視し、敵の拠点や都市を奪取する。(8)都市の攻略の問題では、敵の守備の手薄な拠点や都市は、すべて断固としてこれを奪取する。敵の守備の程度が中くらいで、まわりの条件からいっても、奪取してよい拠点や都市は、すべて、機をみてこれを奪取する。敵の守備の強固な拠点や都市は、すべて、条件の熟するのをまってこれを奪取する。(9)敵から鹵獲したすべての兵器と、捕虜にした大部分の兵員で自己を補充する。わが軍の人力・物力の供給源は主として前線にある。(10)2つの戦役のあいまをたくみに利用して、部隊の休息と整備・訓練をおこなう。休息と整備・訓練の時間は、できるだけ敵に息ぬきの時間をあたえないために、一般に長すぎてはならない。以上の諸点は、人民解放軍が蒋介石を打ち破る主要な方法である。これらの方法は、人民解放軍が内外の敵との長期の戦いによる鍛練のなかであみだしたものであって、完全にわれわれの現在の状況にかなった方法である。……われわれの戦略戦術は人民戦争という土台のうえにうちたてられたものであって、いかなる反人民的軍隊も、われわれの戦略戦術を応用できない。

「当面の情勢とわれわれの任務」(1947年12月25日)、『毛沢東選集』第4巻


 優勢であるが準備がないならぱ、真の優勢ではなく、また主動性もない。劣勢ではあるが準備のある軍隊は、この点がわかっていれば、つねに、敵にたいし不意に攻勢にでて、優勢な敵をうちやぶることができる。

「持久戦について」(1938年5月)、『毛沢東選集』第2巻

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9.人民の軍隊戦争


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 人民の軍隊がなければ、人民のすべてはない。

「連合政府について」(1945年4月24日)、『毛沢東選集』第3巻


 この軍隊が強力なのは、この軍隊に参加しているすべての人がみな自覚的な規律をそなえており、かれらは少数の人びとの、または狭隘な集団の私的利益のためにではなくて、広範な人民大衆の利益のために、全民族の利益のために、結合し、戦っているからである。しっかりと中国人民の側にたって、誠心誠意、中国人民に奉仕することこそ、この軍隊の唯一の目的である。

「連合政府について」(1945年4月24日)、『毛沢東選集』第3巻


 中国の赤軍は革命の政治的任務を遂行する武装集団である。とくに現在では、赤軍は、けっしてたんに戦争だけをするものではなく、戦争で敵の軍事力を消滅させるほかに、なお大衆に宣伝し、大衆を組織し、大衆を武装し、大衆をたすけて革命政権を樹立することから、共産党の組織をうちたてるまでのさまざまの重大な任務をになっている。赤軍が戦争するのは、たんに戦争のために戦争するのではなくて、大衆に宣伝し、大衆を組織し、大衆を武装し、また大衆をたすけて革命政権を樹立するために戦争をするのである。大衆にたいする宣伝、組織、武装および革命政権樹立などの目標をはなれては、戦争することの意義がうしなわれ、赤軍が存在することの意義もうしなわれる。

「党内のあやまった思想の是正について」 (1929年12月)、『毛沢東選集』第1巻


 人民解放軍は、永遠に戦闘隊である。全国的に勝利してからでも、国内でまだ階級が消滅されず、世界に帝国主義制度が存在する歴史的時期には、われわれの軍隊はやはり戦闘隊である。この点については、どのような誤解も動揺もあってはならない。

「中国共産党第7期中央委員会第2回総会での報告」(1949年3月5日)、『毛沢東選集』第4巻


 われわれには戦争する軍隊もあるし、労働する軍隊もある。戦争する軍隊として、われわれには八路軍、新四軍があり、この軍隊もまた、一方では戦争し、他方では生産するという2役を演じなければならない。われわれにはこの2つの軍隊があり、われわれの軍隊にはこのようなふたとおりの能力があり、これに大衆工作をおこなう能力をくわえれば、われわれは困難にうちかち、日本帝国主義をうちたおすことができる。

「組織せよ」(1943年11月29日)、『毛沢東選集』第3巻


 われわれの国防は強化され、いかなる帝国主義者にもわが国土を2度と侵略することをゆるさないであろう。英雄的な、試練ずみの人民解放軍を基礎に、わが人民武装力を保存し、発展させなければならない。われわれは、強大な陸軍をもつばかりでなく、強大な空軍と強大な海軍をももつようになるであろう。

中国人民政治協商会議第1期全体会議における開会の辞(1949年9月21日)


 われわれの原則は、党が鉄砲を指揮するのであって、鉄砲が党を指揮するのをけっしてゆるすのではない。

「戦争と戦略の問題」(1938年11月6日)、『毛沢東選集』第2巻


 われわれが偉大な人民解放軍であり、偉大な中国共産党の指導する軍隊であることを、わが全軍の将兵はつねに銘記しなければならない。たえず党の指示をまもっていくかぎり、われわれはかならず勝利する。

「中国人民解放軍宣言」(1947年10月)、『毛沢東選集』第4巻

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顶端 Posted: 2010-12-01 11:09 | 9 楼
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