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本页主题: 毛沢東選集(Japanese edition. 5 volumes) 打印 | 加为IE收藏 | 复制链接 | 收藏主题 | 上一主题 | 下一主题

maobadi
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一九五七年の夏季の情勢


          (一九五七年七月)


 これは、毛沢東同志が一九五七年七月、青島でひらかれた省・市党委員会書記会議の期間に書いた文章である。この会議で配布され、さらに同年八月、党内の指導的幹部に配布された。


 わが国の社会主義革命の時期には、反共、反人民、反社会主義のブルジョア右派と人民との矛盾は敵味方のあいだの矛盾であり、食うか食われるかの和解できない敵対性の矛盾である。
 労働者階級と共産党に気違いじみた攻撃をかけているブルジョア右派は、反動派であり、反革命派である。そうは呼ばずに、右派と呼ぶのは、一つには中間派の獲得を容易にするためであり、二つには右派を分化させて、一部の右派分子が態度を変え、近づいてこられるようにするためである。
 あくまでも態度を変えない一部のブルジョア右派分子は、頑迷《がんめい》派である。かれらが特務にならず、二度と破壊活動をやらないかぎり、かれらにもなんらかの仕事をあたえ、その公民権も剥奪《はくだつ》しないようにする。これは、歴史上の多くの事件で極端な政策をとったためによくない結果をまねいたことを考慮したからである。われわれはもうすこし遠くを見とおすべきである。数十年後にこの事件をふりかえってみれば、われわれがこのようにブルジョア右派分子に対処したことが、プロレタリア階級の革命事業に深い影響と大きな利益をもたらしたことがわかるであろう。
 われわれの目標は、集中もあれば民主もあり、規律もあれば自由もあり、意志の統一もあれば、個人の気持がのびのびし、生きいきとして活発でもある、という政治的局面をつくり出し、こうして社会主義革命と社会主義建設を有利にし、困難をわりあい克服しやすくし、わが国の現代的工業と現代的農業をわりあい速いテンポで建設し、党と国家をわりあい強固で、わりあい風波にたえられるようなものにすることである。全般的な課題は、人民内部の矛盾を正しく処理し、敵味方の矛盾を正しく処理することである。方法は、実際に即して事を処理し、大衆路線をとることである。そこから出てくるのは、重要な政治方針についての会議を党員と非党員がいっしょにひらき、整風を公開的におこない、党と政府の多くの誤りや欠陥を新聞紙上で批判するという方法である。民主政党、教育界、報道界、科学・技術界、文学・芸術界、医療・衛生界、工商業界、そして労働者階級、農民階級の各階層、手工業労働者および都市と農村のその他の勤労者は、みな整風と社会主義教育をなん回かにわけて逐次すすめていくべきである。このうち、ブルジョア階級とブルジョア知識分子については、社会主義的改造をうけいれさせるという問題であり、小ブルジョア階級(農民や都市と農村の自営の勤労者)、とりわけ富裕中農についても、社会主義的改造をうけいれさせるという問題であるが、労働者階級と共産党の基本部隊については、作風をととのえるという問題である。これは、性質の異なる二つの社会範陣の問題である。このように異なったものであるのに、なぜ、いずれのばあいにも整風というスローガンをつかうのか。それは、整風というスローガンが多くの人にわりあい受けいれられやすいからである。われわれは、人びとにこういう――共産党と労働者階級でさえ整風をしているのに、きみたちは整風をしなくてもいいのか、と。これで、われわれは完全に主動的な立場に立つ。整風のやり方は、批判と自己批判をおこない、事実をならべて道理をとくのである。整風の目的は、政治方向をただし、思想的水準を高め、仕事のなかの欠陥を改め、広範な大衆を団結させ、ブルジョア右派と社会主義に反対するすべての分子を孤立させ、分化させる方向に、闘争をみちびくことにある。ここでいうブルジョア右派のなかには、共産党や青年団にまぎれこんで、党外、団外の右派分子とまったく同じ政治的態度をとっている者も含まれる。かれらは、プロレタリア階級の革命事業を裏切り、党にたいして気違いじみた攻撃をくわえた。したがって、党と青年団の組織の純潔を守るために、かれらをあますところなく暴露し、除名すべきである。
 大衆の多数、まずもって労働者、農民という基本的大衆の多数をあくまでも信頼しなければならない。これがわれわれの基本的な出発点である。工商業界や文化・教育界についてみても、右派が狂気のように攻撃をかけてきたときには、その多くの人が、一時だまされ、動揺もした。だが、数週間後に右派への反撃がくりひろげられると、多くの人はめざめ、こちらの側についてきた。したがって、工商業界や文化・教育界の多数も、最終的にはやはり信頼できる人たちで、改造をうけいれるれるのである。少なからぬ同志は、かつてプロレタリア階級の力を過小に評価し、ブルジョア右派の力を過大に評価するという誤りを犯した。いま、地区、県、区、郷および工場の幹部のあいだにも、まだそのような人がたくさんいるが、味方の側の力を過小に評価したり、敵側の力を過大に評価したりしないよう、よく説得すべきである。農村では、地主、富農が改造されつつあるが、そのうち一部の者はまだ攪乱をつづけているから、かれらにたいする警戒心を高めなければならない。富裕中農についていえば、多数の者は協同組合にとどまりたいと思っているが、少数の者は脱退すると騒ぎたて、資本主義の道を歩もうとしている。われわれは、それぞれ区別して対処すべきである。農村では、階級路線に留意しなければならず、もとの貧農と届農に指導機関で優勢を占めさせる一方、中農との団結にも気をくばらなければならない。わたしは、中央がただちにつぎのような指示を出すことに賛成する。つまり、農村の全住民に大規模な社会主義教育をほどこして、党内の右翼日和見主義思想を批判し、いちぶ幹部の部門本位主義思想を批判し、富裕中農の資本主義思想と個人主義思想を批判し、地主、富農の反革命的行動に打撃をあたえる、ということである。そのおもなほこ先は動揺している富裕中農にむけ、かれらの資本主義思想にたいして理づめの闘争をおこなうのである。これからは、年に一度、確固とした理づめの闘争をおこない、これを区や郷の幹部の弊風(三級組合の整頓と呼応させて、協同組合を一歩一歩うち固めていくようにする。農村でも、まず農民に「鳴放」させる、つまり、意見を出させ、論議をおこなわせる。そして、よい意見はとりいれ、よくない意見は批判する。こうしたことは、地元の幹部が上級から派遣された工作組の協力を得て農村の整風を主宰するという条件のもとで、逐次おしすすめていくべきである。都市とおなじく、農村にもやはり、社会主義か資本主義かという二つの道の闘争がある。この闘争で徹底的な勝利をかちとるには、ひじょうに長い時間がかかる。これは過渡期の全期間にわたる任務である。農村では、勤倹の精神で家計をきりもりすることと、勤倹の精神で協同組合を経営することとをあわせて提唱し、国を愛し、協同組合を愛することと、家庭を愛することとをあわせて提唱すべきである。勤倹の精神で家計をきりもりする問題を解決するには、とりわけ婦人団体の活動に依拠しなければならない。ここ数年間は、年々、現物農業税三百五十億斤《チン》と食糧買付五百億斤をぜひとも確保しなければならず、これより少なくてはならない。ただ、その年の作柄におうじて、なにほどかは調整してもよい。農村では、年々増産し、食糧不足農家が年々減っているから、ここでの食糧販売量も年々減らしていくべきである。都市でも、食糧販売量の多すぎるところでは、やはり適宜に減らしていくべきである。こうしてはじめて、国家の食糧備蓄量を年々ふやし、おこりうべき緊急のさいの必要にそなえることができる。もしも八百五十億斤前後の食糧を確保できないなら、市場の物価にひびき、国民経済計画全般の順調な遂行にひびき、緊急事態に対処するすべもなくなる。これはひじょうに危険なことである。ことしは秋の収穫前に、国家の利益と集団の利益をかえりみない個人主義や部門本位主義にたいする闘争を農村でおこなわなければならない。
 反革命分子がいれば、かならず粛清する。処刑者の数は少なくしなければならないが、死刑はけっして廃止せず、大赦もけっしておこなわない。刑期満了で釈放されても、ふたたび罪を犯した者は、ふたたび逮捕して、刑を科する。社会のごろつき、不良、窃盗、殺人、強姦、汚職、公共秩序の破壊、ゆゆしい法規・規律違反などの重罪犯、および公衆が悪質分子だと認めた者は、かならず処罰しなければならない。いま、公安・司法部門の一部の要員は、その職分を放棄して、ほんらい逮捕・処罰すべき者をも逮捕・処罰していないが、これはまちがっている。軽い罪に重い刑を科するのはまちがいだが、重い罪に軽い刑を科するのもまちがいである。当面の危険は後者にある。賭博《とばく》は禁止する。反動的な結社・教団にたいする取り締まりは厳正におこなう。右派学生の頭目には、徹底した批判をくわえるべきであるが、一般には、もとのところで監督、改造し、これを「教師」にすればよい。以上の諸点は過渡期に適用されるもので、省・市・自治区の党委員会が責任をもってこれにあたる。中央の政策・法令にそむかないという条件のもとで、地方の公安・司法、文化・教育部門は、省・市・自治区の党委員会および省・市・自治区の人民委員会の指示にしたがい、それに違反してはならない。
 人民内部の矛盾を正しく処理するというのが全般的な課題である。大いに論議して、それになれてしまえば、別に不思議に思わなくなる。人民内部の矛盾について納得し、みんなにはっきり説明し、一部の問題を正しく処理して、効果をおさめ、経験を身につければ、もう恐れることはない。
 もう一度くりかえすと、人民内部の矛盾を正しく処理するという問題は、わが党がかねてからとなえてきた大衆路線を歩むということである。共産党員は、事を処理するさい、大衆と相談することに長じていなければならず、どんなばあいでも大衆から遊離してはならない。党と大衆との関係は、水魚のまじわりにたとえられる。もしも党と大衆の関係がうまくいかなければ、社会主義制度をきずきあげることはできないし、たとえ社会主義制度をきすきあげたとしても、それを強固にすることはできない。
 軍隊ではすでにいくども整風をおこなって、三大規律・八項注意を実行し、軍事面、政治面、経済面の三大民主を実行し、戦時には分隊に互助組をもうけ、将校と兵士、軍隊と人民が一つにとけあうようにし、人をなぐったり、ののしったりするのを禁止し、逃亡兵を銃殺するのを禁止している。したがって、士気があがり、戦えばかならず勝つ。武器を手にした軍隊でさえこのようにやれるのに、工場、農村、機関、学校で民主を発揚し、圧服の方法ではなく説得の方法で自分の問題(矛盾)を解決することがどうしてできないのであろうか。
 帝国主義をも恐れないのに、なぜ民衆を恐れるのか。民衆を恐れて、人民大衆は道理をわきまえないから説得ができず、圧服のほかはないなどと考えるような人は、ほんとうの共産主義者ではない。
 整風のなかでは、裏切り者と、法規・規律にひどくそむいた者との二種類の人びとを除いて、すべての党員と青年団員に保護をくわえ、かれらが誤りや欠点を改め、活動の方法を改善し、活動の能力を高め、政治的水準を高め、思想的水準を高めていくよう、誠心誠意、大いに援助する。共産党員は、ぜひとも生気がなければならず、ぜひとも強固な革命的意志がなければならず、ぜひとも困難を恐れずに、不撓《ふとう》不屈の意志でいかなる困難をも克服していくという精神がなければならず、ぜひとも個人主義、部門本位主義、絶対的均等主義、自由主義を克服しなければならない。さもなければ、名実あいともなう共産党員とはいえない。生気をうしない、革命的意志をうしない、またはあくまで誤りをつづけるような一部の人にたいしては、くりかえしいましめても改めないばあい、党委員会がしかるべく処理し、誤りのはなはだしい者には規律上の処分をくわえるべきである。
 省・市・自治区党委員会の第一書記(他の書記も同様)は、半年から一年のうちに、一つの協同組合、一つの工場、一つの商店、一つの学校を自分で研究して、その知識を身につけ、発言権を獲得し、それを全般的な活動の指導に役立てるようにすべきである。地区、県、区の党委員会書記もそうすべきである。
 今回のブルジョア右派にたいする批判の意義を低く見てはならない。これは、政治戦線と思想戦線における偉大な社会主義革命である。一九五六年の経済戦線(生産手段の所有制)における社会主義革命だけでは、まだ十分でもないし、強固でもない。ハンガリー事件がそれを立証している。さらに政治戦線と思想戦線における徹底した社会主義革命がなければならない。共産党は、民主政党、知識界、工商業界の一部の人(右派)にたいしては、もちろん、指導権をもつことができない、なぜなら かれらは敵だからである。多数の人びと(中間派)にたいしても、指導権は強固ではない。一部の文化・教育部門では、党の指導がまったく確立されていない。われわれは中間派にたいする強固な指導権をうちたてるべきであり、しかもそれをできるだけはやく強化しなければならない。ブルジョア階級とブルジョア知識分子は共産党に心服しておらず、そのなかの右派分子はわれわれと張りあう腹をきめている。張りあって、失敗してからはじめて、かれらは自分たちの時世がすでにすぎ去り、望みがなくなったことを認める。その時になってはじめて、かれらのなかの多数の人びと(中間派および一部の右派)は、しだいにおとなしくなり、自分のブルジョア階級の立場をしだいに放棄して、プロレタリア階級の側に立つようになり、プロレタリア階級にたよって飯を食おうと決意するようになる。死ぬまで改めようとしない少数の者には、その反動的な観点を棺桶のなかまで持っていかせるほかはない。しかし、われわれは警戒心を高めるべきである。機会さえあれば、かれらはまた波風を立てるということを心得ておかなければならない。この闘争は、こんごまだ十年から十五年にわたってつづく可能性がある。うまくやれば、期間をちぢめることもできよう。もちろん、十年から十五年後には階級闘争がなくなるというのではない。世界に帝国主義とブルジョア階級が存在するかぎり、わが国の反革命分子とブルジョア右派分子の活動は、つねに階級闘争の性質を帯びるばかりでなく、またつねに国際的な反動派と呼応しあうことであろう。いまおこなわれている闘争は、ある必要な期間を経たのち、思想面でいっそう深い、徹底したものにするため、あらしのようなはげしい形態から、そよ風のようなおだやかな形態に変えていかなければならない。最初の決定的な戦闘では、これまでの数ヵ月、主としてこの二ヵ月のあいだに、われわれはすでに勝利をかちとった。しかし、全面的な勝利をかちとるには、なおいく月かの時間をかけてほりさげていく必要があり、けっして軽がるしく兵をひいてはならない。もしこの一戦に勝てなければ、社会主義は望めないのだということを心得ておかなければならない。
 大弁論は全人民的なもので、革命と建設の仕事は正しいのかどうか(革命と建設の成果が主要なものなのかどうか)、社会主義の道を歩むべきかどうか、共産党の指導は必要なのかどうか、プロレタリア階級の独裁は必要なのかどうか、民主集中制は必要なのかどうか、わが国の外交政策は正しいのかどうかといった重要な諸問題をすでに解決したか、または解決しつつある。このような全人民的な大弁論がおこるのは、きわめて自然なことである。ソ連では二十年代におこったことがあるが(一国で社会主義を建設できるかどうかについてトロツキーらと弁論した〔1〕)、わが国では五十年代の七年目におこった。もしもこの弁論で完全な勝利をかちとれないなら、われわれは前進をつづけることができない。弁論で勝利しさえすれば、わが国の社会主義的改造と社会主義建設は大いに促進されるであろう。これは、世界的な意義をもつ偉大なできごとである。
 わが国で現代的工業の基礎と現代的農業の基礎をきずきあげるには、いまから十年ないし十五年はかかるということをわきまえていなければならない。十年ないし十五年かかって社会的生産力がわりあい十分に発展したときにはじめて、われわれの社会主義の経済制度と政治制度はわりあい十分な物質的土台(いまはまだこの物質的土台がきわめて不十分である)を獲得したといえるのであり、われわれの国家(上部構造)は十分強固になったといえるし、社会主義社会は根本的にきずきあげられたといえるのである。いまはまだきずきあげられたとはいえず、まだ十年ないし十五年の時間がかかる。社会主義をきずきあげるためには、労働者階級は、自分じしんの技術幹部の隊列をもたなければならないし、自分じしんの教授、教員、科学者、新聞記者、文学者、芸術家、マルクス主義理論家の隊列をもたなければならない。それは壮大な隊列であるべきで、人数が少なくてはだめである。この任務は、こんご十年ないし十五年のあいだに基本的に達成すべきである。十年ないし十五年以後の任務は、生産力をさらに発展させ、労働者階級の知識分子の隊列をさらに拡大し、社会主義から共産主義に逐次移行するのに必要な条件をととのえ、八回ないし十回の五ヵ年計画を経て経済の面でアメリカに追いつき、追いこすようにすることである。共産党員、青年団員、そして全人民の一人びとりがこの任務をわきまえておかねばならず、学習にはげまなければならない。条件のある者は、技術を学び、業務を学び、理論を学ぶようにつとめ、労働者階級の知識分子の新しい部隊(この新しい部隊のなかには、旧社会の知識分子で真に改造を経たあと、しっかりと労働者階級の立場に立つようになったすべての者が含まれる)をつくりあげていかなければならない。これは、歴史がわれわれに課した偉大な任務である。この労働者階級の知識分子の壮大な新しい部隊がつくりあげられるまでは、労働者階級の革命事業は十分に強固なものとはなりえない。
 中央と省・市との二つの段階で整風、右派批判、中間的大衆の獲得という三つの任務の面における経験をつんだことは、大切なことである。この経験をつむと、物事はやりやすくなる。こんご数ヵ月の作礎は、地区と県の段階で経験をつむよう教えていくことである。いまから今年の冬または来年の春までに、区と郷の段階で経験をつむよう一歩一歩と教えていく。都市では、区の段階、基層の工場・鉱山、町内の居民委員会で経験をつむよう教えていく。このようにすれば、視野がぱっとひらけ、多くの人にとって大衆路線がただの空《から》文句ではなくなり、人民内部の矛盾がわりあい解決しやすくなる。
 省・市・自治区党委員会の第一書記と全委員は、この偉大な闘争を完全に掌握していかなければならない。民主政党(政治界)、教育界、報道界(すべての新聞と雑誌を含む)、科学・技術界、文学・芸術界、医療・衛生界、工商業界などの政治面、思想面の改造の仕事を完全に自分たちの手に握らなければならない。各省・市・自治区は、それぞれ自分たちのマルクス主義理論家、科学者と技術人材、文学者、芸術家と文学・芸術理論家、新聞、雑誌のすぐれた編集者と記者をもたなければならない。第一初期(他の書記も同様)は、とりわけ新聞、雑誌に注意をはらうべきで、骨惜しみをしてはならず、各人が少なくとも五種類の新聞、五種類の雑誌を読みくらべなければならない。こうしてこそはじめて、自分たちの新聞、雑誌を改善することができるのである。
 右派にたいする批判は、民主政党、知識界、工商業界の全体をはげしくゆさぶった。かれらのなかの多数の人びと(中間派)は、社会主義の道とプロレタリア階級の指導とをうけいれる傾向にあることを心にとめておくべきである。このような傾向は、人によって程度の差がある。いまのところ、真に社会主義の道をうけいれ、真にプロレタリア階級の指導をうけいれるというこれらの基本点は、かれらのばあいまだ一つの傾向にすぎないが、こうした傾向があるかぎり、かれらがブルジョア階級の立場から労働者階級の立場への長い道のりの第一歩をふみだしたのだということを知るべきである。もし一年の時間(今年の五月から来年の五月まで)をかけて整風をおこなえば、大きく一歩をふみだすことができるであろう。これらの人は、これまで社会主義革命に参加する心がまえがなかった。この革命は、かれらにとっては突然おこったのである。共産党員のあいだでも、一部の人にとってはそうであった。右派批判と整風は、この人たちや広範な人びとにとって深刻な社会主義教育となるであろう。
 大字報は、商店の売り場、農村(区、郷)、小学校、軍隊の大隊と中隊以外のところでは、どこに張ってもよい。わが国の条件のもとでは、これはプロレタリア階級に有利で、ブルジョア階級には不利な闘争形式である。大字報を恐れるのは、いわれのないことである。大学でも、中央、省・市、地区、県の機関や都市の大企業でも、大宇報、座談会、弁論会は、矛盾を暴露、克服し、人びとの進歩を促すうえでの三つのよい形式である。
 整風の期間、いかなるばあいにも生産や仕事に支障をきたしてはならない。各地の整風は、所属のすべての単位でいっせいにおこなうのではなく、何回かにわけてすすめるべきである。
 はげしい波浪を恐れてはならず、ぐっともちこたえ頑張りとおさなければならない。一つの単位についていうと、ほぼ二、三週間もすれば、峠をこすもので、それからは右派にたいする反撃の新段階にうつることができる。二、三週間のあいだ、各単位の指導者は、右派の気違いじみた攻撃には、ぐっともちこたえて取りあわず、ただ聞くだけで反駁はせず、精神を集中して分析、研究をくわえ、力をあつめて反撃の準備をととのえ、左派を結集し、中間派を獲得し、右派を孤立させる。これは、マルクス主義の一連のすぐれた戦術である。
 大鳴大放の段階(整風をやりながら改革する)、右派に反撃をくわえる段階(整風をやりながら改革する)、整頓と改革に重点をおく段階(ひきつづき鳴放する)、各人が文献を学習し、批判と自己点検をおこなって、自己を高める段階  これは、中央、省・市、地区、県のそれぞれの整風でかならずたどらなければならない四つの段階である。このほかに、都市と農村の基層組織でも整風をおこなう。このように整風をおこなえば、全党と全国人民の様相はかならず一新するであろう。
 九月の中央委員会総会にそなえて、省・市・自治区段階の党委員会と地区段階の党委員会の第一書記は、八月に一定の時間をさいて、農村における協同組合の整頓、生産、食糧などの諸問題をしらべておいてもらいたい。四十ヵ条の全国農業発展要綱は改正する必要があるかどうかも、各条ごとに検討してもらいたい。


〔注〕
〔1〕 「ソ連共産党(ボリシェビキ)歴史小数程』第九章第五節を参照。
  
  
  

 
 
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顶端 Posted: 2011-07-02 17:58 | 230 楼
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革命の促進派になろう


          (一九五七年十月九日)


 これは、毛沢東同志が中国共産党第八期中央委員会第三回拡大総会でおこなった講話である。


 こんどの会議はひじょうによかった。省委員会、地区委員会の同志も参加したこのような中央委員会拡大総会は、実際には三クラスの幹部の会議である。それは、方針の明確化、経験の交流、意志の統一に役立つ。
 このような会議は、一年に一回ひらく必要があるだろう。わが国のような大きな国では、仕事がひじょうに複雑だからである。昨年一年はひらかなかったため、右よりの傾向があらわれて、えらい目にあった。一昨年はもりあがりをみせたが、昨年はたるみが出た。もっとも、昨年は第八回党大会をひらいたので、時間もなかったのだ。今後、このような会議をひらくときには、少数の県委員会書記や一部大都市の若干名の区委員会書記を参加させてもよい。たとえば、あと百人ぐらいふやしてもよかろう。各省でも、全省的規模の三クラスまたは四クラスの幹部の会議をひらき、一部の協同組合の幹部も参加させて、問題がはっきりするまで話しあうよう提案する。これが第一点である。
 第二点、政府についてのべよう。大胆に放をさせ、徹底的に放をさせ、断固として放をさせなくてはならず、大胆に改め、徹底的に改め、断固として改めなくてはならない。われわれには、このような決心がなくてはならない。では、さらに反右派闘争をくわえて、大いに右派に反対する必要があるだろうか。それはくわえなくてもよい。なぜなら反右派は軌道にのっており、一部のところではもう終わっているからである。いまの重点は基層組織で放をさせ、基層組織で改めること、つまり県、区、郷の三段階における鳴放と整頓・改革である。中央と省・市段階でも、一部の部門では、やはり放をさせなければならないが、重点は改めることにある。
 ことしは、大衆が二楠の革命形態、大衆闘争の形態を考えだした。大鳴、大放、大弁論、大字報というのがそれである。いま、われわれの革命は、その内容にまことに通した形式をさがしあてた。このような形式は、以前には現われえなかったものである。以前は戦争、五大運動〔1〕、三大改造①といったものなので、このようにじっくりと弁論する形式はうまれえなかった。当時は、じっくりと弁論し、事実をならべ、道理を説き、これを一年間もつづけるというようなことは、許されなかったのである。いまでは、それができる。われわれのさがしあてたこの形式は、現在の大衆闘争の内容に適しており、現在の階級闘争の内容に適しており、人民内部の矛盾に属する問題を正しく処理するのに適している。この形式をしっかりつかめば、これからのことはずっとやりやすくなる。原則的な是非の問題にしろ非原則的な是非の問題にしろ、また革命の問題にしろ建設の問題にしろ、みなこの嶋放、弁論の形式で解決でき、しかも比較的はやく解決することができる。左派は中間派といっしょに鳴放、弁論しているばかりでなく、まったく公然と、右派といっしょに鳴放、弁論し、農村では地主、富農といっしょに鳴放、弁論している。「一党の天下」とか、「共産党は政権をゆずれ」とか、「かごから降りろ」とか、こうした言い草を公然と新聞に載せており、「恥」をかくのを恐れない。われわれはいましがた「かごに乗った」ばかりなのに、右派は「かごから降りろ」と追っている。このような大鳴、大放、大弁論、大字報の形式は、大衆の主動性を発揮させ、大衆の責任感を強めるのにもっとも適している。
 わが党には民主の伝統がある。民主の伝統がなければ、このような大鳴大放、大論争大弁論、大字報をうけいれることはできなかったであろう。延安での整風のときは、七、八人が一つのグループになって、数ヵ月間、ノートをつくり、自分で反省し、たがいに助けあった。わたしの接触した人はみな、あのときの整風に感謝しており、主観主義を改めるようになったのはそのときからだと言っている。土地改革のときは、事あるごとに大衆と相談し、意志の疎通をはかった。われわれの軍隊では、中隊長が兵士たちにふとんをかけてやり、まったく平等に、友情をこめて兵士と語りあった。延安での整風、土地改革、軍隊での民主生活、それに「三査三整」〔2〕、そのあとの「三反」「五反」、知識分子の思想改造など、どの過程でも豊富な民主の形式がうまれた。だが、こんどのように大鳴、大放、大論争、大弁論をくりひろげ、そのあと、なおおだやかな方法で相談し、啓発するというこの形式は、いまの時点ではじめてうまれえたのである。このような形式をさがしあてたことは、われわれの事業にとって大いに有益であり、主観主義、官僚主義、命令主義(命令主義とは、人をなぐったり、ののしったりして、強制的にやらせること)を克服すること、指導的幹部が大衆とうちとけるということも、容易にやれるようになった。
 われわれの民主的伝統は、ことし、ひじょうに大きな発展をみたが、今後は大鳴、大放、大弁論、大字報という形式を伝えていかなくてはならない。このような形式は、社会主義の民主を十分に発揚するものである。このような民主は、社会主義国にのみ存在しうるもので、資本主義国には存在しえない。このような民主の基礎の上では、集中が弱められるのではなく、集中制がいっそう強固となり、プロレタリア階級独裁がいっそう強化される。なぜなら、プロレタリア階級独裁は広範な同盟軍に依拠しなければならず、プロレタリア階級という一つの階級だけではやっていけないからである。中国のプロレタリア階級は人数が少なく、一千万人余りしかいないため、数億にのぼる貧農、下層中農、都市の貧民、貧しい手工業者、革命的知識分子に依拠してこそ、独裁を実行しうるのであり、さもなければそれは不可能である。いま、われわれがかれらの積極性を発揮させたため、プロレタリア階級独裁は強固になったのである。
 第三点、農業について。農業発展要綱四十ヵ条はすでに改正され、まもなく公表されるであろう。同志諸君は、ひとつ、農村で弁論と討議をりっぱに組織してもらいたい。わたしは一部の同志に、地区段階では農業計画をたてる必要があるかどうか、とたずねてみた。すると、やはりその必要がある、という答えであった。区段階ではその必要があるがどうか。やはり必要がある、ということであった。郷ではその必要があるかどうか。それも必要があるとのことであった。協同組合もやはりその必要がある。そうすると、省、地区、県、区、郷、協同組合の六段階で計画をたてることになる。諸君はこの農業企画の作成にしっかり力をいれることを重視してもらいたい。企画と計画は同じことで、つかいなれてしまえば、企画と言ってもよい。あくまでも全面的に企画し、指導を強化し、書記みずからとりくみ、全党で組合づくりにあたるようにしなくてはならない。昨年の後半は、全党で組合づくりにあたるのではなかったし、書記もみずからとりくむことをあまりしなかったようだ。今年は、あくまでもこのようにやらなくてはならない。
 企画は、いったい、いつ頃までにできあがるだろうか。何人かの同志にたずねてみたところ、一部の地方ではすでにできあがっており、一部の地方ではまだ完全にはできあがっていないとのことである。いまの重点は皆、地区、県の三段階にあるが、今年の冬または来年の春までにできあがるだろうか。もしできないとしても、来年じゅうにはどうしてもつくりあげなくてはならず、しかも六段階ともつくりあげなくてはならない。なぜなら、われわれには数年の経験があるし、全国農業発展要綱四十ヵ条もほぼできあがっているからである。農業発展要綱四十ヵ条、省の企画、その他各段階の企画は、どれも農村へもっていって討議させなくてはならない。しかし、七つの企画をいちどに討議するのではあまりにも多すぎる、やはり何回かにわけて大衆のなかへもちこみ、鳴放と弁論をさせるようにしなくてはならない。ここで言っているのは長期的な企画のことである。つくったとしても、将来、通さなくなったらどうするか。さらに何年かの経験をつむと、また手直しをしなくてはならない。たとえば「四十ヵ条」は、何年かたてば、やはり手直しをしなくてはならない。手直しをしないというわけにはいかないのだ。わたしの見るところ、だいたい三年に一回小幅の手直しをし、五年に一回大幅の手直しをすることになろう。とにかく、企画のあるほうが、ないよりもましだ。全部で十二年だが、もう二年過ぎたから、あと十年しかない。このうえしっかりと取りくまないでいたら、「四十ヵ条」に定めた二種類の地区の畝《ムー》あたり収量それぞれ四百斤《チン》、五百斤、八百斤という計画目標は、見込みはずれとなるおそれがある。しっかりと取りくめれば、達成されるであろう。
 わたしの見るところ、中国はともかく集約農法で飯を食うことである。将来、中国は世界一の多収穫国にならなければならない。ある県ではすでに畝あたり千斤に達しているが、半世紀で二千斤に高めるわけにはいかないだろうか。将来、黄河以北は畝あたり八百斤、淮河以北は千斤、淮河以南は二千斤ということにしたらどうだろう。二一世紀の初頭にこの目標を達成するまでには、まだ数十年あり、あるいはそんなに長い期間を必要としないかもしれない。われわれは集約農法で飯を食うのだから、すこしくらい人間が多くても、食うには困らない。わたしの見るところ、一人平均三畝では土地が多すぎる、将来はわずか何分かの土地があれば十分に食っていけると思う。もちろん、産児制限はやはりやらなくてはならず、子供を生むように奨励しているわけではない。
 同志諸君は、農民の食糧消費の実状を調べてもらいたい。勤倹の精神で家計をきりもりし、食糧を節約して、蓄積をはかるよう、提唱しなくてはならない。国に蓄積があり、協同組合に蓄積があり、家庭に蓄積がある――この三種の蓄積があれば、われわれは豊かになる。そうではなくて、のこらず食べてしまったら、どうして豊かになるだろうか。
 ことし、豊作であった地方、災害のなかった地方では、すべて蓄積をすこしふやすべきである。豊作で凶作を補うというのは、たいへん必要なことである。ある省の協同組合では、公共積立金(五パーセント)、公益金(五パーセント)、管理費のほかに、生産費が総生産額の二〇パーセントを占めているが、そのうち基本建設費が生産費の二○パーセントを占めている。他の省の同志と相談してみたところ、基本建設費がすこし多すぎるようだと言っていた。きょうの話はみな提案の性質をおびたもので、やれるところでは実行し、やれないところでは実行しなくてもよい、また、各省各県は一律であってはならない。諸君が検討してくれたらよい。これまで、一部の地方では、協同組合の管理費の占める比率が大きすぎたから、一パーセントにまで減らすべきである。管理費とは、協同組合の幹部への手当と事務費をさす。管理費を減らし、農地基本建設費をふやすべきである。
 中国人は気概がなくてはならない。われわれは全国の都市と農村のひとりひとりにたいし、遠大な目標をもて、気概がなくてはならぬ、と教育すべきである。大いに食い、大いに飲んで、のこらず飲み食いしてしまう、これを一種の気概と言えるだろうか。そんなものは気概とは言えない。勤倹の精神で家計をきりもりし、遠い先のことまで考えなくてはならない。嫁とりや葬儀など、慶弔の行事とかで豪勢な宴席をもうけるのは、まったく不必要なことである。こうした点で節約をすべきであり、浪費をしてはならない。これはふるい慣習を改めることである。この慣習を改めるには、大鳴大放、もしかすると小鳴小放かもしれぬが、それによってひとつ論争をしなくてはならない。それから、賭博《とばく》というような問題も、以前は禁止しようがなかった。これは、大鳴大放し、論争を経てのみ、はじめて改めることができるのである。ふるい慣習を改めることも企画のなかに組みいれなければならないとおもう。
 それから、四害を退治し、衛生に注意するという問題がある。ネズミ、スズメ、ハエ、蚊というこの四つのものを一掃することに、わたしはひじょうに意をそそいでいる。あと十年しかないが、今年は準備し、動員をしておいて、来年の春にやるというわけにはいかないだろうか。ハエはそのころに発生するからである。やはりこういったものを一掃し、国ぜんたいが大いに衛生に注意するようになるべきだとおもう。これが文化というもので、この文化を大いに高めなくてはならないのだ。競争をくりひろげて、ぜひともこれらのものを一掃し、だれもが清潔で、衛生に気をくばるようにならなくてはならない。各省、各県ででこぼこがあってもよい。どのみち、どこが英雄であるかをみるのである。中国は、一にネズミがいない、二にスズメがいない、二にハエがいない、四に蚊がいない、という四無の国にならなくてはならない。
 計画出産も、十年の計画をたてるべきである。少数民族地区ではおし広めてはならず、人口の少ない地方でもおし広めてはならない。たとえ人口の多い地方でも、まず試験的にやってみて、逐次おし広め、しだいに全面的な計画出産にもっていくべきである。計画出産については公然と教育しなくてはならず、これまた大鳴大放、大弁論でやるほかはない。人類は出産の面でまったく無政府状態にあり、自分で自分をコントロールすることができない。将来、完全な計画出産を実現しようとしても、もしも社会の力がなく、みんなが同意し、みんながいっしょにやるのでなければ、これはできない相談である。
 このほかに、総合計画の問題がある。いまのべたのは農業計画であるが、まだ工業計画、商業計画、文化・教育計画がある。工業、農業、商業、文化・教育の総合計画はぜひとも必要であり、それらをまとめて互いにかみあわせるのである。
 試験田をつくる経験は、普遍的におし広める価値がある。それは、県、区、郷、協同組合の指導的幹部がみな小面積の田畑を耕し、高い収穫をあげることができるかどうか、またどのような方法で高い収穫をあげるかを実験するのである。
 われわれは、農業技術の素養がなくてはならない。農業をやるのに、技術を学ばなくてはもうだめである。政治と業務は対立面の統一であるが、政治は主要な側面、第一義的な側面であり、政治に無関心という傾向にはぜひとも反対しなくてはならない。だが、政治をやるだけで、技術がわからす、業務がわからないというのも、よろしくない。われわれの同志は、工業、農業、商業、文化・教育のどれをやるにしても、みな技術と業務をすこし学ばなくてはならない。これも十年の企画をたてる必要があるとおもう。われわれの各業種の幹部は、みな技術と業務に精通して、それぞれその道の玄人となり、「紅」でもあり「専」でもあるようにつとめなくてはならない。さきに「専」をめざし、「紅」はあとにするというのは、さきに白く、そのあとで赤くなるということであり、これは誤りである。こうした人は、実際には白いままでおし通そうとするのであり、あとで赤くなるというのは空言にすぎないからである。いま、一部の幹部は、赤いといっても赤くはなく、富農の思想になっている。一部の者は白く、たとえば党内の右派は政治的には白色であり、技術的にも「専」ではない。一部の者は灰色であり、さらに一部の者は桃色である。わが五星紅旗のようにほんとうに真っ赤なのは、左派である。しかし、「紅」であるだけではまだ不十分で、そのうえに業務がわかっており、技術もわかっていなくてはならない。いま、多くの幹部は「紅」であるだけで、「専」ではなく、業務も、技術もわかっていない。右派は、われわれが指導することはできない、つまり、「素人が玄人を指導することはできない」、と言っている。われわれは右派に反駁《はんばく》して、われわれは指導できる、と言った。われわれができるというのは、政治面ではできるということである。技術となると、われわれにはまだわからないところがたくさんある、だが、そうした技術は学びとることができるのである。
 プロレタリア階級は、もしも自分じしんの強大な技術陣と理論陣がなければ、社会主義をきずきあげることができない。われわれはここ十年内に(科学計画も十二年で、あと十年ある)、プロレタリア知識分子の隊列をつくらなくてはならない。わが党の党員と党外の積極分子は、プロレタリア知識分子になるよう努力すべきである。各段階、とくに省、地区、県の三段階では、プロレタリア知識分子を養成する計画をたてなくてはならない。さもなければ、時が過ぎても、まだ人が育っていないということになる。中国には、「木を育てるには十年、人を育てるには百年」という古いことばがある。人材養成には百年というが、九十年へらして、十年で養成する。植樹には十年というのは間違いで、南部では二十五年、北部ではもっと長い時間がかかる。むしろ、十年で人材を養成することは可能である。もう八年過ぎたが、あと十年くわえて、十八年もあれば、マルクス主義の思想をもった、労働者階級の専門家の隊列を、ほぼつくりあげることができるとおもう。その後は、この隊列を拡大し、向上させていけばよい。
 農業と工業との関係についていえば、もちろん、重工業を中心とし、重工業を優先的に発展させること、この点はまったく問題がなく、いささかもゆらぐことはない。だが、これを前提として、工業と農業を同時に発展させ、現代化した工業と現代化した農業を一歩一歩うち立てていくべきである。以前、われわれはよくわが国を工業国にきずきあげると言ったものだが、実をいうと、これには農業の現代化もふくまれている。いまは、農業の宣伝に重点をおくべきである。この問題については、鄧小平同志もふれている。
 第四点、二つの方法について。事をはこぶには少なくとも二つの方法がある。一つはわりあい遅く、わりあいまずく目的を達成する方法であり、もう一つはわりあいはやく、わりあいよく目的を達成する方法である。どちらにも速度の問題、質の問題がふくまれている。一つの方法だけを考えるのではなく、いつも二つの方法を考えなくてはならない。たとえば、鉄道を敷設するにも、路線をきめるには、いくつかの案をつくって、そのなかから一つを選ぶようにしなくてはならない。数種の方法を比べてもよいが、少なくとも二つの方法は比べることである。たとえば、大鳴大放でいくか、それとも小鳴小放でいくか。大字報を使うか、それとも使わないか。この二つの方法のうち、いったい、どちらがよいのかを比べるのである。こうした問題はじつに多いが、ともかく、鳴放がやられていない。北京にある三十四の大学は、どれも鳴放がやられておらず、さわやかに鳴放をやってのけた大学は一つもない。それというのも、これは火をつけて身を焼く問題だからである。鳴放をさせるには、じゅうぶん説得しなくてはならず、しかもかなりの圧力をかけなくてはならない。つまり、公然と呼びかけ、多くの会議をひらき、王手をかけ、「追いつめられて梁山にのぼる」②ようにさせるのである。以前の革命では、あれこれの方法、あれこれの政策のどれを取るかについて、党内に異なった意見がたくさんあったが、けっきょく、わりあい実状に合った政策をとった。このため、抗日戦争と解放戦争の時期は、その前のいくつかの時期に比べて進歩したのである。建設の方針についても、あれこれ考えられるが、やはり、わりあい実状にあった方針をとらなくてはならない。
 ソ連の建設の経験はわりあい全面的である。全面的とは、誤りを犯すことがふくまれているということである。誤りを犯さなければ、全面的とはいえない。ソ連に学ぶとは、なにもかも機械的に取りいれることではない。機械的に取りいれるのは教条主義である。われわれは教条主義を批判したあとで、ソ連に学ぶよう提唱した、だから危険はない。延安での整風および第七回党大会のあとで、われわれはソ連に学ぶよう強調したが、これはわれわれにとって損なことではなく、有利なことであった。革命の面では、われわれには経験がある。だが、建設の面では、まだ取りかかったばかりで、八年しかたっていない。われわれの建設は、成果が主要なものだが、誤りがなかったわけではない。誤りは将来も犯すだろうが、それを少なくしたいものである。われわれがソ連に学ぶばあい、その誤りを研究することも含まれていなくてはならない。その誤りの面を研究すれば、あまり回り道をしないですむ。われわれはソ連のたどった回り道を避けて、ソ連の速度よりもさらに速く、ソ連の質よりもさらによくするわけにはいかないだろうか。この可能性をかちとるべきである。たとえば、鋼鉄の生産高について、われわれは三つの五ヵ年計画またはもうすこし長い期間で、二千万トンに達することができるかどうか。努力をすれば、可能である。そのためには、小型の製鋼所を多くつくらなくてはならない。年産三万ないし五万トンの製鋼所、七万ないし八万トンの製鋼所はひじょうに役に立つので、多くつくるべきだとおもう。そのほか、年産三十万ないし四十万トンの中型の製鋼所もつくらなくてはならない。
 第五点、昨年の一年間にいくつかのものが一掃された。その一つは、「多く、はやく、りっぱに、むだなく」というスローガンが一掃されてしまったことである。「多く」というのも、「はやく」というのもいらなくなり、「りっぱに」「むだなく」というのも、ついでに一掃されてしまった。「りっぱに」「むだなく」に反対する者はいないとおもうが、「多く」というのと、「はやく」というのとは、人びとが喜ばず、なかには「暴進」だと言う同志もいる。もともと、「りっぱに」「むだなく」というのは、「多く」「はやく」を制約するものである。「りっぱに」とは質がよいこと、「むだなく」とは金をあまり使わないこと、「多く」とは多くのことをやること、また、「はやく」というのも多くのことをやることである。このスローガンはそれ自身を制約している。「りっぱに」「むだなく」は、質もよければ、金もあまり使わないことを求めているため、実際とかけ離れた「多く」や実際とかけ離れた「はやく」はありえないからである。うれしいことには、この会議で一、二の同志がこの問題にふれている。それから、新聞でもこの問題を取りあげた文章を一つ見かけた。われわれのいう「多く、はやく、りっぱに、むだなく」は、実事求是の、実際に即したもので、主観主義的なものではない。われわれはつねにできるかぎり「多く」「はやく」やるよう努力しなければならず、ただ主観主義的な、「多く」「はやく」というのに反対しているだけである。昨年の後半には、一陣の風が吹いて、このスローガンを一掃してしまったが、わたしはそれを回復しようと思っている。その可能性があるかどうか、諸君に検討してもらいたい。
 それから、農業発展要綱四十ヵ条も一掃されてしまった。この「四十ヵ条」は、昨年いらい、受けが悪くなったが、いままた「復活」した。
 そのほか、促進委員会が一掃されてしまった。以前にも言ったことがあるが、共産党の中央委員会、各級党委員会、それに国務院、各級人民委員会など、とにかく「会」というものが実に多い。そのうち主要なものは党委員会だが、いったい、その性質は促進委員会なのか、それとも促退委員会なのか。促進委員会であるべきが当然である。わたしの見るところ、国民党は促退委員会で、共産党は促進委員会である。昨年のあの一陣の風によって一掃された促進委員会は、いま復活させてもよいのかどうか。もしも諸君が復活させるのに賛成せず、是が非でも促退委員会を組織しようとするなら、つまり、これほど多くの諸君が促退しようというのなら、わたしもお手あげである。しかし、こんどの会議からみると、諸君は促進しようとしており、促退を主張する演説は一つもなかった。われわれを促退させようとしているのは、例の右派の章・羅同盟である。たしかに進め方が速すぎ、不適当である一部のものについては、一時的、局部的な促退があってもかまわない。つまり、一歩ゆずり、一歩ゆるめるのである。しかし、われわれの全般的方針は、なんといっても促進することである。
 第六点、プロレタリア階級とブルジョア階級との矛盾、社会主義の道と資本主義の道との矛盾、これは疑いもなく、当面のわが国社会の主要な矛盾である。われわれのいまの任務は、以前と違っている。以前は主として、プロレタリア階級が人民大衆を指導して帝国主義と封建主義に反対することであったが、その任務はすでになしとげられた。では、いまの主要な矛盾はなにか。いまは社会主義革命であって、この革命はブルジョア階級にほこ先を向けており、同時に小生産制度の変革、つまり協同化の実現をはかっている。その主要な矛盾は社会主義と資本主義、集団主義と個人主義、まとめていえば、社会主義と資本主義との二つの道の矛盾である。第八回党大会の決議には、この問題が提起されていなかった。この大会の決議には、主要な矛盾は先進的な社会主義制度と立ちおくれた社会的生産刀との矛盾であるというくだりがあった。このような提起のしかたは間違っている。われわれは七期二中総で、全国的な勝利のあと、国内の主要な矛盾は労働者階級とブルジョア階級との矛盾であり、対外的には中国と帝国主義との矛盾である、と提起したことがある。そのご、公式には提起しなかったが、実際にはそのようにやってきた。革命はすでに社会主義革命に転化しており、われわれが取りくんでいるのは、ほかでもなく社会主義革命というこの事業である。三大改造は社会主義革命であり、主として生産手段所有制の面における社会主義革命であるが、これはもう基本的にはなしとげられた。それは先鋭な階級闘争であった。
 昨年の後半に階級闘争の緩和をみたが、それは意識的にすこし緩和させたのである。ところが、ちょっと緩和させると、ブルジョア階級、ブルジョア知識分子、地主、富農および一部の富裕中農がわれわれに攻撃をかけてきた。これがことしの出来事である。われわれがちょっと緩和させると、かれらは攻撃してくる。それもよかろう、われわれは主動権をとれる。『人民日報』の社説がのべているように、「木 静まるんと欲すれども風やまず」〔3〕である。かれらは風を吹かせてくるのだ。同級かの台風を吹かせてくる。それならよかろう、われわれは「防風林帯」をつくるまでだ。これが反右派であり、整風である。
 整風には二つの任務がある。一つは反右派で、それにはブルジョア思想に反対することが含まれる。もう一つは整頓・改革で、それにも二つの路線の闘争が含まれる。ー主観主義、官僚主義、セクト主義はブルジョア階級のしろものである。わが党内にはこの三つのものが存在するが、その付けはブルジョア階級にまわすべきである。百年、二百年後も、そうすることができるだろうか。そのころになれば、たぶん、一そうするわけにはいかないだろう。そのころには、官僚主義、主観主義はあるかどうか。やはり、あるだろうが、その付けは立ちおくれという帳簿に付けるれる。社会には、つねに左派、中間派、右派があり、つねに先進的な者、中間的な者、立ちおくれた者がいる。そのときになって官僚主義、主観主義を犯せば、その人は立ちおくれているということになる。
 整風運動は来年の五月一日までやるから、まだだいぶ時間がある。五月一日以後は、またすこし緩和させる必要があるだろうか。その必要はあるとおもう。緩和させることは右よりと言えるだろうか。右よりとは言えないとおもう。これを会議にたとえてみると、昼夜の別なく会議をひらき、たてつづけに半年もひらいたとすれば、大部分の人が姿を消してしまうだろう。したがって、仕事は状況にもとづいて、ときには緊張し、ときにはのびやかにやらなければならない。昨年、われわれはあれほど大きな勝利をおさめたため、人様が心服し、ドラや太鼓をうち鳴らした。そのとき、すこしも緩和させないとしたら、その理由は不十分で、言い訳が立たないのである。われわれは所有制の問題が基本的に解決されたとは言っているが、完全に解決されたとは言っていない。階級闘争はまだ消失していないのだ。だから、それは原則的な譲歩ではなく、状況の必要におうじてすこし緩和させたのである。
 整風は来年の五月一日までやるが、来年の後半にはもうやらなくてもいいだろう。農村では、来年の後半に雑風と弁論をもういちどやるかどうか、これはそのときにその必要があるかどうかをみて、来年になってから討議する。再来年は一度やらなくてはならない。再来年もやらず、数年やらないとしたら、例のふるい右派、新しい右派、いま出てきている右派がうごめき出すだろうし、それに一部の右より中間分子、中間派、はては一部の左派までが変わってくるだろう。はの中には、こういうおかしな人間がいるのだ。気をゆるめさえすれば、それもかなりのあいだゆるめているうちに、右よりの空気がうまれ、よくない論議や右派的な言論が出てくる。われわれの軍隊でも、三六規律・八項注意についての教育はつねにやらなくてはならない。数ヵ月でもやらないでいると、もうたるんでくる。一年に何回か士気をふるいたたせなくてはならない。新兵が入隊してきたら、教育しなくてはならない。古参の兵士やふるい幹部にしても、整風をやらないかぎり、思想が変わってくる。
 ここでついでに、われわれとソ連との意見の食い違いについてすこしのべてみよう。まず、スターリン問題でわれわれはフルシチョフと矛盾がある。かれはスターリンをあんなにこきおろしたが、われわれは賛成しない。あまりにもみにくい姿に仕立てあげてしまったからである。これはもうソ連一国の問題ではなく、各国の問題である。わが天安門の前にはスターリンの肖像がかかげてあるが、それは全世界の勤労人民の意志にかなうもので、われわれとフルシチョフとの基本的な食い違いをしめしている。スターリンその人にたいする評価も、七分、三分でなくてはならない。つまり、スターリンの功績は七分、誤りは三分と見るのである。これも正確とはかぎらず、誤りはわずか二分かもしれないし、わずか一分かもしれない、あるいはもうすこし多いのかもしれない。いずれにしても、スターリンは功績が主要なもので、欠点や誤りは副次的なものである。この点、われわれはフルシチョフと意見がちがう。
 それから、平和移行の問題についても、われわれはフルシチョフらと意見がちがう。われわれは、どの国のプロレタリア政党であれ、一に平和、二に戦争というニヵ条がなくてはならない、と考える。第一に、共産党は、レーニンが二月革命から十月革命までの時期にうち出したスローガンに学び、支配階級に平和的転化を要求する。われわれも、蒋介石に和平交渉の問題を提起したことがある。このスローガンは、ブルジョア階級をまえにし、敵をまえにしては、防御的なスローガンであって、われわれが戦争を求めず、平和を求めていることをしめしており、大衆を獲得するのに都合がよい。これは主動的なスローガンであり、戦術的性格のスローガンである。しかし、ブルジョア階級はみずからすすんで権力をひき渡すはずがなく、暴力をつかうにきまっている。そこで、第二には、向こうが戦争をやろうとし、先に銃をぶっばなしてくるなら、こちらも応戦するよりほかはない。武力で権力を奪取する――これは戦略的スローガンである。是が非でも平和移行でいくというのなら、社会党と区別がつかない。日本社会党がそれで、かれらには、永遠に暴力をつかわないという一ヵ条しかない。全世界の社会党はみなそうである。総じて、プロレタリア政党には、やはり二ヵ条がなくてはならない。君子は口では争うが手は出さない、これが第一、だが第二に、小人が手を出すなら、こちらさまも手を出す、ということである。このような提起のしかたをすれば、弊害がなく、手抜かりがない。そうでなければ、だめである。いま一部の国の党、たとえばイギリス共産党は、平和移行のスローガンしか提起していない。われわれはイギリスの党の指導者と語りあったが、どうしても話が通じない。当然のことながら、かれらはおごり高ぶっており、平和移行がどうしてフルシチョフの提起と言えるのか、それは自分たちがとっくにうち出していたものだ、などと言っている。
 このほか、百花斉放、百家争鳴の方針についても、ソ連の同志は理解していない。われわれがとなえているのは、社会主義の範囲内の、人民の内部での百花斉放、百家争鳴であって、反革命は含まれてはいない。もちろん、人民の内部も分化するものであって、一部の者は敵に変わる。たとえば右派のばあい、以前は人民であった。いま、この連中は人民の要素が三分の一、反革命の要素が三分の二と、わたしは見ている。かれらの選挙権を剥奪《はくだつ》するかどうか。法律にもとづいて処罰し、労働改造をさせる必要があるごくわずかの者は、選挙権を剥奪すべきであるが、それ以外は一般に剥奪しないほうがよい。人によっては、政治協商会議の委員をやらせてもよい。いずれにせよ、政治協商会議は千人ぐらいあってもかまわないのだ。右派は、形式的にはまだ人民の内部にいるが、実際には敵である。かれらは社会主義に反対し、共産党の指導に反対し、プロレタリア階級独裁に反対しているのだから、かれらは敵であり、われわれとかれらとの矛盾は敵味方の矛盾である――われわれはこのことを公然と言明する。要するに、六ヵ条の基準にあっていないのだ。それは毒草である。人民の内部には、いつでもいくらかは毒草が出てくるものである。
 最後の点、気力をふるいおこし、骨身を削って学習すること。骨身を削るとは、一つには骨であり、一つには身であり、一つには削ることである。かならず気力をふるいおこし、骨身を削らなくてはならない。いま、われわれの多くの同志は骨身を削っていない。一部の同志は、仕事以外のあまった精力を主としてトランプ、マージャン、ダンスといったものにそそいでいるが、これではよくないとおもう。仕草以外のあまった精力は上として学習にそそぎ、学習の習慣をつけるべきである。では、なにを学習するのか。一つはマルクス・レーニン主義、もう一つは、技術科学、さらにもう一つは自然科学である。それから文学、主として文芸理論も、指導的幹部はすこしわかっているべきである。そのほか、新聞学、教育学など、こうした学問もすこしはわかっていなくてはならない。要するに、学問はひじょうに多いのだ、そのあらましをすこしは心得ておかなくてはならない。われわれはこれらの事を指導しなくてはならないからである。われわれのような者のことをなに「家《か》」というのか。政治家というのである。これらのことがわかりもせず、指導もしないということが、どうして許されるだろうか。どの省にも新聞はあるが、以前はその指導に力をいれなかった。また文芸雑誌や文芸団体もあるが、以前はやはりその指導に力をいれなかった。それから、統一戦線や民主政党の指導にも力をいれなかったし、教育の指導にも力をいれなかった。これらの指導に力をいれなかったので、その結果はどうか、まさにこれらの分野で造反がおきたのである。ところが、いったんその指導に力をいれると、数ヵ月で事態は一変した。羅隆基は、プロレタリア階級の小知識分子がどうして小ブルジョア階級の大知識分子を指導できるか、と言った。かれのこの言い草は間違っている。かれは小ブルジョア階級だと自称しているが、実はブルジョア階級である。プロレタリア階級の「小知識分子」こそが、ブルジョア階級の大知識分子を指導するのだ。プロレタリア階級には、それに奉仕する一群の知識分子がいる。その最初の一人がマルクス、次がエンゲルス、レーニン、スターリン、その次がわれわれのような者で、このほかにもまだ多くの人がいる。プロレタリア階級はもっとも先進的な階級で、全世界の革命を指導するのである。


〔注〕
〔1〕 土地改革、抗米援朝、反革命粛清、「三反」「五反」、思想改造の五大運動をさす。
〔2〕 本書第四巻の『軍隊内の民主運動』注〔1〕にみられる。
〔3〕 前漢韓嬰の著書『韓詩外伝』巻九にみられる。
〔訳注〕
① 農業、手工業、資本主義工商業の社会主義的改造をさす。
② 山東省の梁山泊は宋代農民蜂起軍の根拠地。『水滸伝』に出てくる大小首領の大部分は、宮府や豪紳の圧迫を受けて、生きる道を失い、梁山に身を投じた人たちである。後世、「近いつめられて梁山にのぼる」というのは、一つの成語になり、四囲の情勢にせまられて事をおこなうことを意味するようになった。
  
  
  

 
 
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あくまでも大衆の大多数を信頼しよう


          (一九五七年十月十三日)


 これは、毛沢東同志が最高国務会議第十三回会議でおこなった講話である。


 整風は、いま大鳴、大放、大弁論、太子報という形式をさがしあてた。これは、大衆が創造した一つの新しい形式であって、わが党がこれまでにとってきた形式とは違ったものである。延安での整風のときにも、いくらか大字報が出たが、当時、われわれはそれを提唱しなかった。その後の「三査、三整」にも、このような形式はとらなかった。革命戦争の時期には、われわれに俸給を払ってくれる者もなく、銃砲を製造する工場もなく、われわれの党と軍隊は兵士にたより、地元の人民にたより、大衆にたよっていた。こうして、長いあいだに一種の民主的な作風が形づくられてきた。しかし、そのころには、いまのような大鳴、大故、大弁論、大字報はなかった。それはどうしてか。そのころは、陣太鼓がなりひびき、いくさの最中で、階級闘争がひじょうに激しかったため、内部でこのような大さわぎをするのは好ましくなかったからである。いまは状況が変わり、戦争も終わりを告げ、台湾省を除く全国がすべて解放されている。だから、このような新しい形式が現われてきたのである。新しい革命的内容は、新しい形式をざがしもとめる。現在の革命は社会主義革命であり、社会主義国家を建設するためのものであり、それがこのような新しい形式をさがしあてたのである。このような形式は、ごく短期間で普及させ、学びとることができる。数ヵ月間もかければ学びとることができよう。
 大鳴、大放、大弁論、大宇報にたいしては、主として、二つの恐れがある。一つは、乱れるのを恐れることである。諸君は乱れるのを恐れてはいないか。わたしの見るところ、乱れるのを恐れている人がかなりいる。もう一つの点は、ひっこみがつかなくなるのを恐れることである。企業長、協同組合士任、学長、党委員会書記を担当している者は、ひとたび意見を「放」させて火が燃えあがると、どうやってひっこみをつければよいのか、と恐れている。いまでこそ説得しやすくなったが、五月ごろはなかなか説得するのが難しかった。北京の三十四の大学は、多くの会議をひらいて、やっと「放」ができるようになったのだ。なぜ恐れなくてもよいのか。なぜ「放」が有利なのか。大鳴大放が有利なのか、小鳴小放が有利なのか。それとも不鳴不放が有利なのか。木鳴不放は不利であり、小鳴小放では問題を解決することができず、やはり大鳴大放でなければならないのである。大鳴大放をやっても、一に乱れることはなく、二にひっこみがつかなくなるということはない。もちろん、個別的には例外の人もある。たとえば丁玲だが、彼女のばあいは、ひっこみかっかなくなっている。馮雪峰もそうだが、かれが火を放った目的は、共産党を焼きはらうことにあったので、ひっこみがつかなくなっている。こういう連中は少数であり、右派である。その他の人はひっこみがつくのであって、ひっこみがつかなくなると恐れる必要はない。どのみち官僚主義、セクト主義、主観主義といった欠点であるから、あればそれを改めればよいので、恐れることはない。要は、大衆の大多数を信じ、人民のなかの大多数はよい人だという点を信じることである。労働者の大多数はよい人であり、農民の大多数はよい人である。共産党の内部も、青年団の内部も、大多数はよい人である。かれらはわれわれの国を乱そうと考えているわけではない。ブルジョア知識分子、資本家、民主政党の成員も、その多数は改造できる。だから、われわれは乱れることを恐れる必要はない。乱れるはずもなく、乱れようもないのである。多数を信頼すべきであるが、ここでいう多数とは五一パーセントのことであろうか。そうではなくて、九○パーセントから九八パーセントのことである。
 社会主義革命は、われわれにとっては新しい事がらである。過去、われわれは民主主義革命しかやったことがないが、それはブルジョア的性質の革命であって、個人的所有制をうちこわさず、民族資本主義的所有制をうちこわさず、帝国主義的所有制、封建主義的所有制、官僚資本主義的所有制のみをうちこわしたのである。だから、多くの人は民主主義革命という関所を越えることができた。そのうち、一部の者は徹底的な民主主義革命にたいし、もともと熱心ではなく、どうにか越えてきたのであり、一部の者は徹庇的な民主主義革命にたいし、大いにやる気概があって、この関所を越えてきたのである。いまは社会主義という関所を越えるわけだが、一部の者にとっては、どうも越えにくいようだ。たとえば、湘北省に雇農出身の共産党員がいるが、かれの家は三代つづきの乞食であった。解放後はうまれかわり、家も栄えて、本人は区の幹部になった。ところが、こんど、かれは社会主義にたいしてひじょうな不満をもち、どうしても協同化に賛成しようとせず、「自由」にやるといって、統一買付・統一販売に反対したのである。いま、かれにかんする展覧会をひらいて、階級教育をおこなっているが、かれは涙をはらはら流して、誤りを改めたいと言っている。なぜ社会主義という関所は越えにくいのだろうか。それは、この関所は資本主義的所有制をうち破って、これを社会主義的全人民所有制に変えるからであり、個人的所有制をうち破って、これを社会主義的集団所有制に変えるからである。もちろん、この闘争は長期にわたるものであるが、いったいどれぐらいの期間を過渡期と呼ぶべきか、いまのところ確定するのはまだ難しい。ことしはたたかいの一つのピークといえる。毎年、黄河の流れに洪水のピークがやってくるように、今後、年に一回このようなピークがやってくるのだろうか。おそらくそうではないとおもう。だが、このようなピークは今後もやってくるであろう。
 現在、社会主義に賛成しない者は、全国でいったいどれだけいるのか。わたしは、多くの地方の同志といっしょに、このかんの実情を調べてみた。全国の総人口のうち、約一〇パーセントの者が、社会主義に賛成しないか、あるいは反対している。そのなかには、地主階級、富農、富裕中農の一部、民族ブルジョア階級の一部、ブルジョア知識分子の一部、都市の上層小ブルジョア階級の一部、個別的には労働者、貧農・下層中農もふくまれている。人口六億のうちの一〇パーセントといえば、どれぐらいになるか。六干万人である。この数字は少なくないので、軽く見てはいけない。
 われわれが、あくまでも大衆の大多数を信頼すべきだというばあい、それは二つの点にもとづいている。第一は、九〇パーセントの人びとが社会主義に賛成している、ということである。そのなかには、プロレタリア階級、農村の半プロレタリア階級である貧農、下層中農、それに上層の小ブルジョア階級の多数、ブルジョア知識分子の多数、および民族ブルジョア階級の一部がふくまれている。第二は、社会主義に賛成しないか、あるいは反対する者のうちもっとも頑迷な者――極右派、反革命分子、破壊分子や、破壊はやらないがひじょうに頑迷な者、頑固な頭のまま棺桶にはいる者など、このような連心はどれだけいるのかといえば、およそ二パーセント前後にすぎない、ということである。全国の人口の二パーセントといえばどれぐらいになるか。千二百万人である。もしも千二百万人が集合して、銃を手にすれば、それは膨大な軍隊になる。それなのに、世の中が大きく乱れないのはなぜか。それは、かれらがあちらこちらに散らばっているからである。あちらこちらの協同組合、あちらこちらの農村、あちらこちらの工場、あちらこちらの学校、あちらこちらの共産党支部、あちらこちらの青年団支部、あちらこちらの民主政党支部というように散らばっていて、集合できないから、世の中は大きく乱れないのだ。
 社会主義革命とは、いったいどのような範囲内の革命なのか、いったいどのような階級のあいだの闘争なのか。それはプロレタリア階級が勤労人民を指導してブルジョア階級とのあいだに進める闘争なのである。わが国のプロレタリア階級はその人数は比較的少ないが、かれらには広範な同盟軍がいる。そのいちばん主なものは、農村の貧農と下層中農であり、それは農村人口の七〇パーセント、もしくは若干それを上回っているのである。富裕中農は、ほぼ農村人口の二〇パーセントを占めている。いまの富裕中農は、だいたいつぎの三部分にわけられる。協同化に賛成する者、これは四〇パーセントを占めている。動揺する者、これも四〇パーセントを占めている。反対する者、これは二〇パーセントを占めている。ここ数年らい、教育と改造をつうじて、地主、富農にも分化がみられ、いまでは社会主義に完全に反対しているとはいえない者もいる。ブルジョア階級およびブルジョア知識分子にたいしても分析をくわえるべきで、かれらがみな社会主義に反対している、と考えてはならない。事実はそうではない。全国の総人口のうち九〇パーセントの者が社会主義に賛成している。われわれはこの多数を信頼しなければならない。われわれの活動をつうじ、また大弁論をとおして、さらに八パーセントの者を獲得することが可能であり、そうすれば九八パーセントになる。かたくなに社会主義に反対する頑迷派は、わずか二パーセントにすぎないのである。もちろん、さきほど鄧小平同志が言ったようにそれはやはり大きな勢力であって、注意をおこたってはならない。
 富農は農村におけるブルジョア階級であり、かれらが農村で物を言っても、めったに聞く人はいない。地主はそれ以上に嫌われている。買弁ブルジョア階級はとっくに鼻つまみものになっている。ブルジョア階級とブルジョア知識分子、農村での上層の小ブルジョア階級(富裕中農)、都市での上層の小ブルジョア階級(一部の比較的富裕な小企業主)とその知識分子となると、まだいくらか影響力をもっている。とりわけ知識分子というのは幅がきき、何事もかれらなしにはやれない。学校をつくるには大学の教授や中・小学校の教員が必要だし、新聞を出すには新聞記者が必要だし、芝居をやるには役者が必要だし、建設をすすめるには科学者、技師、技術要員が必要である。現在、知識分子は五百万人、資本家は七十万人おり、あわせると約六百万人になる。家族構成を五人とみれば、五かける六で三千万人になる。ブルジョア階級とその知識分子は、相対的に言って、もっとも教育程度が高く、いちばん技術を身につけている。右派が鼻を高くするゆえんである。羅隆基は、プロレタリア階級の小知識分子にはかれのような小ブルジョア階級の大知識分子を指導できない、と言ったではないか。かれは、自分がブルジョア階級であるとはいわず、どうしても小ブルジョア階級に属し、小ブルジョア階級の欠如織分子であると言い張っている。わたしは、プロレタリア階級の小知識分子はもとより、あまり読み書きのできない労働者や農民でさえ、かの羅隆基よりはるかにすぐれていると思う。
 ブルジョア階級とその知識分子のなかの、また上層の小ブルジョア階級とその知識分子のなかの右派と中間派は、共産党とプロレタリア階級の指導にたいしては不服なのである。共産党擁護、憲法擁護については、擁護もし、賛成の手も挙げているものの、あまり心服はしていない。そこで区分けが必要となる。右派は反抗的、中間派はなかば心服なかば不服、ということである。共産党などにはあれも指導できない、これも指導できない、と言う者がいるではないか。右派にこのような思想があるだけでなく、中間派の一部にもそれがある。要するに、かれらの言い方にしたがえば、共産党はどうしても外国に引っ越さなければならず、プロレタリア階級はどうしてもべつの天体にいかなければならなくなり、ほとんどお陀仏《だぶつ》になってしまう。なぜならば、われわれは、あれもだめ、これもだめだからである。どの分野にせよ、右派はわれわれのことをなっていないと言う。今回の弁論の主な目的は、ほかでもなくあのなかば心服なかば不服の中間派を獲得し、かれらに社会の発展法則はいったいどういうものなのかを理解させることにあり、やはり教育程度の高くないプロレタリア階級の言うことをきかなければならず、農村では貧農、下層中農の言うことをきかなければならない、ということを理解させることにある。教育程度についていうなら、プロレタリア階級、貧農、下層中農はかれらに及ばないだろう。しかし、革命についていうなら、プロレタリア階級、貧農、下層中農のほうがすぐれているのである。これで多数の人を説得できるだろうか。多数の人を説得できる。ブルジョア階級の多数、ブルジョア知識分子の多数、上層の小ブルジョア階級の多数は、説得できるのである。大学の教授、中・小学校の教員、芸術家、文学者、科学者、技師のなかの多数は、説得できるのである。あまり心服していない人でも、何年かたてば、次第に心服するようになるであろう。
 多数の人が社会主義を支持しているという基盤のうえで、いまのこの時期に、大鳴、大放、大弁論、大字報のような形式が現われたことは、たいへん有益なことである。こうした形式には階級性がない。大鳴、大放、大宇報といったものは、右派にもやれることなのである。「大」の字はかれらが発明したもので、右派に感謝したい。わたしは、ことしの二月二十七日の講話では、べつに大鳴、大放、大弁論とはいわなかった。つまり、この「大」という字をつけてはいなかったのである。去年の五月、ここで開いた会議でわれわれが百花斉放について語ったときは、「放」という字があっただけであり、また、百家争鳴にしても「鳴」という字があっただけで、この「大」という字はなかったのである。しかも、文学・芸術の面での百花斉放、学術問題の面での百家争鳴に限定されていた。そのご、右派はこれを政治にまでひろげ、鳴放の時期などと称して、どんな問題についても鳴放をやる、しかも大鳴大放をやるといった。これをみてもわかるように、このスローガンは、プロレタリア階級もつかえるし、ブルジョア階級もつかえる。左派もつかえるし、中間派もつかえるし、右派もつかえる。大鳴、大放、大弁論、大字報は、はたしてどの階級にとって有利なのか。つまるところ、プロレタリア階級にとって有利なのであり、ブルジョア右派にとっては不利なのである。その理由は、九〇パーセントの人が国の乱れることを望んでおらず、社会主義が建設されることを望んでいるからであり、社会主義に賛成しないかあるいは反対する一〇パーセントの人のうち、多くの人は動揺しており、かたくなに社会主義に反対する者はわずか二パーセントにすぎないからである。これでは乱しようがないではないか。したがって、大鳴大放のスローガン、大鳴、大故、大井論、大字報の形式と方法は、つまるところ多数の人にとって有利であり、多数の人の自己改造にとって有利である、ということになる。社会主義と資本主義との二つの道についていえば、つまるところ社会主義にとって有利なのである。
 われわれは乱れるのを恐れることはないし、またひっこみがつかなくなるのを恐れることもない。右派はひっこみがつかなくなるが、しかし、それでもなんとかひっこみはつくのである。弁証法にもとづけば、右派は一つが分かれて二つとなる、とわたしは考える。おそらく相当多くの右派分子が、大勢のおもむくところにしたがって、納得のいくようになり、よい面に転じ、わりあいおとなしくなり、そんなに頑迷ではなくなるだろう。そのときには、レッテルをはいで、右派と呼ばないようにし、適当な仕事にもつかせるようにする。少数のとくに頑迷な者は、おそらく死んでも悔い改めようとせず、右派のレッテルを振ったまま棺桶に入るだろうが、それでも大したことはない。このような人間は、どのみちいるものである。
 右派がこのようにひと騒ぎしたので、われわれは実情をつかむことができた。つまり、一方では、社会主義に賛成する者は九〇パーセントで、九八パーセントまで獲得できる可能性もあるということ、他方では、社会主義に賛成しないかあるいは反対する者は、一〇パーセントで、そのうちかたくなに社会主義に反対する頑迷派はわずかニパーセントにすぎない、ということである。このような実情をつかむことによって、胸に成算ありといえるようになった。プロレタリア政党の指導のもとで、多数の人が社会主義を支持しているという基盤のうえで、大鳴、大放、大弁論、大字報というわれわれのやり方をとれば、ハンガリーのような事件を避けることができるし、またいまポーランドで発生しているような事件も避けることができる。われわれは、ポーランドのように、一出版物の発行を停止させる必要はなく①、党の機関紙に一、二編の社説を発表するだけでよいのだ。文匯報にたいして、われわれは二編の社説を書いて批判をおこなったが、最初の一編は問題を十分につっこんで説明しておらず、不徹底だったので、第二編の社説を発表したところ、かれらは自分で改めた。新民報も自分で改めた。ポーランドでは、このようにはいかない。そこでは、反革命の問題が解決されておらず、右派の問題が解決されておらず、いずれの道を歩むのかという問題が解決されておらず、またブルジョア思想にたいする闘争にも力をいれていないので、一出版物の発行を停止させると、すぐに騒ぎがおこるのである。わたしは、中国の事がらはやりやすいとみており、いまだかつて悲観したことはない。わたしは、乱れようもないし、乱れることも恐れない、といったではないか。騒乱はよい事に変わりうるのである。およそ「放」を徹底的にやったところでは、いっときわめきたて、ひとしきり乱れたので、物事はいっそうやりやすくなっている。
 わが国は、解放まえ、産業労働者は四百万しかいなかったが、いまでは千二百万の労働者がいる。労働者階級は、人数こそ少ないが、この階級にだけ将来性があるのであって、その他の階級はみな過渡的な階級であり、すべて労働者階級の側に移行するものである。農民は、まず第一歩としては集団化した農民に移行し、第二歩には国労農場の労働者となる。ブルジョア階級は消滅されるべきであるが、もちろん人間を消滅するというのではなく、その階級を消滅するのであって、人間は改造しなければならない。ブルジョア知識分子は改造され、小ブルジョア知識分子も改造されなければならず、一歩一歩改造されて、プロレタリア知識分子に変わっていくことができるのである。わたしは、「皮これ存せざれば、毛将《はた》いづくに附かん」と言ったことがある。知識分子は、もしもプロレタリア階級に付着しなければ、「梁上の君子」になるおそれがある。いま、多くの人が労働組合に加入している。労働組合に加入したのだから、もうそれで労働者階級になったではないか、と言う者がいるが、そうではない。共産党に加入しても、まだ共産党に反対する人間がいる。丁玲、馮雪峰などは、共産党員でありながら共産党反対をやっているではないか。労働組合に加入したから労働者階級になったとはかぎらず、やはり改造の過程が必要なのである。いま、民主政党の成員、大学教授、文学者、作家たちには、労働者の友人もいなければ、農民の友人もいない。これはひじょうに大きな欠点だ。たとえば費孝通だが、二百人あまりの高級知識人を友人にしており、北京、上海、成都、武漢、無錫などいずれの地方にもいる。かれは、このワクから抜け出せず、しかも意識的にこれらの人を組織し、かれらを代表して、大鳴大放をやっている。かれはこの点でばかをみたのである。わたしはかれにこう言った。きみはひとつ改めることができないものか。あの二百人とつきあうのではなくて、労働者、農民のなかに入り、べつに二百人の友人をさがすべきだ、と。知識分子はみな労農大衆のなかに入って友人をさがさなければならないとおもう。真の友人は労働者、農民のなかにいる。古参の労働者を友人にしなければならない。農民のなかでは、無造作に富裕中農を友人にするのではなく、貧農、下層中農を友人にしなければならない。古参の労働者は、じつにはっきりと方向を見わけており、貧農、下層中農もじつにはっきりと方向を見わけているのである。
 整風には、放、反、改、学の四つの段階がある。すなわち大鳴大放がその一つ、右派への反撃がその一つ、整頓・改革がその一つ、最後の一つは、いくらかマルクス・レーニン主義を学び、小型の会議を開いて、微風細雨の方法で批判と自己批判をおこなうことである。ことしの五月一日に、中国共産党中央の発表した整風文献のなかで、微風細雨の方法をとるようにのべたが、当時賛成しなかった人も多く、主として右派が賛成しなかったのである。かれらは、疾風暴雨の方法を要求したが、その結果はたいへん得るところがあった。この点について、われわれは当時から予測していたのである。なぜなら、延安での整風のときもこれと同じで、微風細雨の方法をとると言いながらも、疾風暴雨の方法になった。だが、最後にはやはり微風紬雨の方法に帰着したのである。一つの工場で何千枚もの大字報が張り出されれば、工場の指導者はたいへんつらいものである。十日もすると一部の人は、これではたまらない、飯がのどを通らない、眠れない、といってなげやりになり、辞職を考える。北京の大学の党委員会書記たちは、飯がのどを通らず、眠れなかった。そのとき、右派の連中は、おまえたちは反駁《はんばく》してはならない、おれたちだけに鳴放させろ、といった。われわれも、反駁するな、かれらに鳴放させておけ、といった。こうして、五月中は反駁をせず、六月八日以前はいっさい反駁しなかった。それで、十分に鳴放しつくされたのである。鳴放されたものは、大体九○パーセント以上は正しいものであり、何パーセントかは右派的言論であった。あの時期には、じっとがまんして聞き、聞き終えてから反撃にうつることであった。どこの部門でもこのような段階を経なければならなかったのである。今回の整風は、どの工場でもどの協同組合でもおこなうべきであり、いま、軍隊でもこのようにおこなっている。こうすることはたいへん必要である。これをおこなわなければ「自由市場」がまた発展するであろう。世の中にはおかしなことがあるもので、三年間も整風をしないと共産党、青年団、民主政党、大学教授、中・小学校教員、新聞記者、技師、科学者のなかで、またもや多くのおかしな議論があらわれ、資本主義思想が頭をもたげてくるのである。たとえば、部屋を毎日掃除し、顔を毎日洗うように、今後、整風はだいたい一年に一回ぐらいやり、毎回ひと月ほどでよい、とわたしは考える。そのときには、またちょっとしたピークがやってくるかもしれない。こんどのこのピークは、われわれのせいではなく、右派がひきおこしたものである。われわれは、こういったことがあるではないか――共産党のなかから高崗が出たが、きみたち民主政党には一人も高崗がいないのか、わたしは信じない。いままた共産党から丁玲、馮雪峰、江豊などが出たが、きみたち民主政党からも出てきたではないか。
 ブルジョア階級とブルジョア知識分子は、その改造の必要性を認めなければならない。右派は自分に改造の必要があるのを認めないばかりか、一部の人たちに、自分は改造ずみだといって、その改造をしぶるような影響をあたえている。章乃器は、改造などたまったものではない、あれは筋を抜き、皮を剥ぐものだ、といった。われわれが、身も心もいれかえて生まれかわるべきだといえば、かれは、身も心もいれかえるのは、筋を抜き、皮を剥ぐことだという。この先生、いったいだれがあなたの筋を抜き、皮を剥ぐというのか。多くの人は、われわれの目的がなんであるのか、なぜこのようなことをするのか、社会主義はどこがよいのか、といったことを忘れてしまっている。なぜ思想改造をするのか。それは、ブルジョア知識分子にプロレタリア階級の世界観を確立させて、かれらをプロレタリア知識分子に改造するためなのである。これらのふるい知識分子は、新しい知識分子の成長に押されて変化せざるをえなくなってきている。学問の面からいえば、新しい人は、いまはまだだめだといわれるが、将来はりっぱにやっていけるのである。この新しい人たちの出現によって、旧来の科学者、旧来の技師、旧来の教授、旧来の教員は、はっばをかけられており、その圧力で前進せざるをえなくなっている。大多数の人は前進するであろうし、一部はプロレタリア知識分子に改造することができるであろう、とわれわれは予測している。
 プロレタリア階級は、かならず自己の知識分子の隊列を育成しなければならない。これはブルジョア階級が、自己の知識分子の隊列を育成するのと同じである。階級の政権として、自己の知識分子を持たないわけにはいかないのである。アメリカにそうした知識分子がいなければ、アメリカのブルジョア階級独裁はどうなるであろう。われわれはプロレタリア階級独裁である。プロレタリア階級自身の知識分子の隊列をかならず育成しなければならず、それには、旧社会からきて、改造を経たのち、ほんとうにしっかりと労働者階級の立場に立った知識分子を全部ふくめるのである。章乃器は、右派のなかで自分を変革したくない者の一人にかぞえられるだろう。プロレタリア階級の知識分子に変わるように、といっても、かれはこれを拒み、自分は「赤いブルジョァ」であり、とうの昔にりっぱに変わったというのである。それなら、自己推薦と大衆評議でいこうではないか。きみが自己推薦をするのはよいが、大衆評議もしなければならない。章乃器はまだだめだ、かれは白いブルジョアである、というのがわれわれの意見だ。さきに「専」をめざし、「紅」はあとにする、と言う人がいる。さきに「専」をめざし、「紅」はあとにする、ということは、さきに白色であり、そののちに紅色になるということである。いまのところ「紅」ではなく、将来「紅」になるというが、それでは、いまかれは同色をしているのだろうか。もちろん白色である。知識分子は、「紅」であると同時に、「専」でもなければならない。「紅」になるには、自分のブルジョア的世界観を徹底的に改造するという決心をくだすべきである。これには、本をたくさん読むということではなく、プロレタリア階級とはなにか、プロレタリア階級独裁とはなにか、なぜプロレタリア階級にだけ将来性があり、その他の階級はみな過渡的な階級なのか、なぜわが国は社会主義の道を歩まなければならず、資本主義の道を歩んではならないのか、なぜ共産党の指導がどうしても必要なのか、などの問題をほんとうにはっきりさせることが必要なのである。
 わたしが四月三十日に話したこと②を多くの人は聞きいれようとしない。「皮 これ存せざれば、毛 将いづくに附かん。」わたしに言わせれば、中国には五枚の皮がある。古いのが三枚、すなわち帝国主義的所有制、封建主義的所有制、官僚資本主義的所有制の三枚の皮である。以前、知識分子はこの三枚の皮にたよって飯を食ってきた。このほかに民族資本主義的所有制と小生産者的所有制すなわち小ブルジョア階級的所有制の二つにもたよっていた。われわれの民主主義革命は、まえの三枚の皮にたいする革命であった。林則徐③いらい百年あまりこの革命をやってきた。社会主義革命は、あとの二枚の皮、すなわち民族資本主義的所有制と小生産者的所有制にたいする革命である。いま、この五枚の皮はいずれも存在しない。古い三枚の皮は早くからなくなり、ほかの二枚の皮もなくなった。いまあるのはどんな皮だろうか。それは社会主義的共有制の皮である。もちろん、これはさらに二つの部分にわけられる。一つは全人民的所有制であり、もう一つは集団的所有制である。いまはだれにたよって飯を食うのか。民主政党にしろ、大学教授、科学者、新聞記者などにしろ、いずれも労働者階級の飯を食い、集団的農民の飯を食い、全人民的所有制と集団的所有制の飯を食っているのである。ひと言でいえば、社会主義的共有制の飯を食っているのである。あの五枚の古い皮はなくなったが、その毛はいま空中を舞っている。舞いおりてきても落ち着かないのである。知識分子はまだこの新しい皮を見くびっており、プロレタリア階級、貧農、下層中農がなんだ、まったく能なしではないか、上は天文から下は地理にいたるまでさっぱり知識がない、「三教九流」〔1〕いずれもおれには及ばない、とおもっている。かれらはマルクス・レーニン主義をうけいれようとしない。このマルクス・レーニン主義には、以前多くの人が反対した。帝国主義が反対したし、蒋介石は毎日のように「共産主義は中国の国情にあわない」といって反対し、その影響でみんなはこれをひたすら恐れていた。知識分子がマルクス・レーニン主義をうけいれ、自分のブルジョア階級の世界観をプロレタリア階級の世界観に改造するには、一つの過程が必要であり、また社会主義の思想革命の運動が必要である。ことしのこの運動は、この道をきりひらいたものである。
 いま、一部の機関、学校では、右派に反対したあと、すっかり静まりかえってのんびりしており、多くの正しい意見が出されているのに改めようとしていない。北京の一部の機関、学校では、このような問題が出てきている。わたしの見たところ、整頓・改革にはもういちど鳴放の高まりが必要だ。大字報を張り出して、なぜ改めないのか、とはっぱをかけるのである。このはっぱはひじょうに役に立つとおもう。整頓・改革には短期間、たとえば一、二ヵ月をさくべきである。そのあとは学科で、いくらかマルクス・レーニン主義を学び、微風細雨の方法で批判と自己批判をおこなう、これが第四段階のことである。この学習は、もちろん一、ニヵ月で終わってしまうのではなく、ただこの運動を一段落させ、学習にたいする風味をひきだすためのものである。
 右派にたいする反撃は、いずれにせよ一段落つけるべきだ。ある右派分子は、騒ぎはいずれ過ぎてしまう、といってこのことを予測していた。それに間違いはない。われわれは、右派への反撃を毎日、毎年やっているわけにはいかない。たとえば、いま北京の反右派の空気は、一時にくらべてそれほど濃くなくなった。なぜなら、だいたいメドがついたからである。しかし、まだ終わったわけではないので気をゆるめてはならない。いま一部の右派分子はがんとして降伏しない。たとえば羅隆基、章乃器は、がんとして降伏しないのである。わたしの考えでは、まだ説得すべきである。何回話してもどうしても聞きいれないばあいは、これ以上かれらと毎日話しあうわけにもいくまい。一部の頑迷派が永久に改めようとしないのなら、それまでのことだ。こういう連中はごく少数で、ほうっておけばよい。何十年もほうっておいて、かってにさせたらよい。大多数の人たちはかならず前進するはずである。
 右派分子を海へ投げこむかどうか。われわれは一人も投げこみはしない。右派は、反共、反人民、反社会主義なのであるから、敵対的勢力である。しかし、われわれは、いまかれらを地主、反革命分子と同様には取り扱わない。その基本的な標識は、かれらの選挙権を取りあげないということである。個別的には、選挙権を取りあげ労働改造をさせることもありうるが、われわれは、逮捕も選挙権の剥奪《はくだつ》もしないという方法によって、かれらに転換の余地をのこし、その分化を有利にみちびくのである。さきほど二種類の者に区分けすると話したではないか。一種類は、誤りを改めた者で、これは右派のレッテルを取りさり、人民の隊列にもどすことができる。もう一種類は閻魔《えんま》大王にまみえるまで頑迷に固執する者で、閻魔さま、見てください、わたしは降伏するような者ではありません、とても「気骨」があるでしょう、と言うだろう。かれはブルジョア階級の忠臣なのである。右派は、封建残存勢力や反革命分子とつながりをもち、気脈を通じ、互いに呼応しているのである。地主は、あの文匯報をみて大いに喜び、それを買ってきて農民に読んで聞かせ、どうだ、新聞に載っているのだぞ、と農民をおどかしている。まきかえしをたくらんでいるのだ。また、帝国主義、蒋介石も右派と気脈を通じている。たとえば、台湾、香港の反動派は、儲安平の「一党の天下」、章伯鈞の「政治設計院」、羅隆基の「判決再審査委員会」をたいへん支持しており、アメリカ帝国主義も右派にきわめて同情的である。わたしは、まえにもみなさんにこう話したことがある。もしアメリカ人が北京まで攻めてきたら、みなさんはどうするか。どんな態度をとるのか。どうしようと考えているのか。アメリカといっしょに維持会でも組織するのか、それともわれわれと共に山に登るのか。わたしは山に登る腹をきめており、第一歩は張家口、第二歩は延安へ行く、と。この話は、極端なことを言ったまでで、問題をはっきりさせたのであり、動乱など恐ろしくはないのだ。アメリカが中国の半分を占領しても恐れはしない。日本は中国の大半を占領したではないか。ところが、われわれはついに新中国を戦いとったではないか。わたしは日本人にこう話したことがある。日本帝国主義に感謝すべきだ。かれらの侵略は、われわれにとってたいへん得るところがあった。それは、われわれの全民族を日本帝国主義反対に奮い立たせ、わが国人民の自覚をたかめたのだ、と。
 右派はほんとうのことを話さない。不正直で、われわれにかくれて悪事をはたらいているのである。章伯鈞があんなに多くの悪事をはたらいていたことをだれが知っていたか。思うに、このような者は官位が高くなればなるほど、大きな謀反《むほん》をたくらむ。章・羅同盟は、長期共存・相互監督、百花斉放・百家争鳴の二つのスローガンをもっとも好んでおり、この二つのスローガンを利用してわれわれに反対している。われわれが長期共存をすべきだといえば、かれらは短期共存をやり、われわれが相互監督をすべきだといえば、かれらは監督をうけつけない。一時期、かれらは気違いじみていたが、その結果は、長期共存が短期共存になるという逆の羽目におちいったのである。章伯鈞の部長の椅子《いす》はどうすればよいか。おそらくもう部長にはなれないだろう。右派が部長になることには、たぶん人民が賛成しないだろう。また一部の名の知られた右派は、もともと人民代表だったが、いまはどうしたらよいか。おそらく配慮するのは難しいであろう。たとえば、丁玲はもう人民代表にはなれない。一部の者にたいしては、まったく職務をあたえず、すこしも仕事をさせないというのもよくないであろう。たとえば銭偉長は、副学長にはなれないが、まだ教授はやれる。さらに、学生がその講義を聞かないのでしばらくは教授にもなれない者も、一部いるだろう。それなら何をすればよいか。学校でなにかべつの仕事をやらせ、自己改造をさせ、何年かたってから講義をもたせればよい。これらは面倒ではあるが、考慮しなければならない問題である。革命そのものが面倒な事がらなのだ。右派をどう処遇するか、どう按配するか、ひとつ討議してもらいたい。
 各民主政党の状況はどうか、下部の状況はどうかということについては、諸君ら責任者も実情をつかんでいないだろう。徹底した右派分子は、ある一時期、一部の部門で水をかきまぜて、われわれが底まで見通すのをさまたげることができるが、ひとたび調査をしてみると、こうした連中はじつは一、二パーセントしかいないのである。一つかみの明礬《みょうばん》をほうりこめば、底まではっきり見えるのである。こんどの整風は、一つかみの明礬をほうりこんだのであって、大鳴、大放、大弁論のあとは、底がはっきり見えてきた。工場、農村でも、学校でもその底が見え、共産党、青年団、民主政党でもその底がはっきりしてきた。
 ここで、農業発展要綱四十条ヵについて話したいとおもう。二年の実践からみて、基本的な要求は、やはりあの四、五、八である。すなわち、穀物の生産量が一畝《ムー》あたり、黄河以北で四百斤《チン》、淮河以北で五百斤、淮河以南で八百斤ということであり、十二年間でこの目標に達するというのが基本点である。要綱全体としては、条文をいくつか修正したのみで、基本的には変えていない。一部の問題はすでに解決されている。たとえば、協同化の問題は基本的に解決されているので、それに関係のある条文には修正をくわえた。農業機械、化学肥料など、以前には強調されていなかったいくつかの問題については、いま大いに力をいれなければならないので、条文のうえでもこれを強調した。そのほか条文の順序もすこし変えている。この修正後の農業発展要綱草案は、人民代表大会常務委員会と政治協商会議常務委員会との合同会議で討議されたあと、あらためて公布し、全国の農村で討論する。工場で討論してもよく、各界、各民主政党で討論してもよい。この農業発展要綱草案は、中国共産党が提出したものであり、中国共産党中央という政治設計院で設計されたもので、章伯鈞の例の「政治設計院」で設計されたものではないのである。
 すべての農民を動員して、この農業発展要綱を討論するのは、たいへん必要なことである。大いに意気があがるようにしなければならない。去年の後半と今年の前半はすこし気がゆるんでいた。そのうえ、都市や農村の右派がさわいだので、なおさら意気があがらなかった。いま、整風・反右派闘争でまた意気があがってきたのである。農業発展要綱四十ヵ条は、中国の同情にわりあい通しており、主観主義的なものではない、とわたしはおもう。もとは主観主義的なものがいくらかあったが、いまではそれも改められているり全体的に言って、この要綱の実現には希望がもてる。わが中国は改造できる。無知調は改造して知識をもつようにすることができ、意気消沈は改造して意気軒昂《けんこう》にすることができるのだ。
 要綱のなかに四害退治の項がある。すなわち、ネズミ、スズメ、ハエ、蚊の四害を消滅するのである。わたしはこれにたいへん興味があるが、みなさんはどうだろうか。やはり興味をお持ちではないだろうか。四害退治は、一大衛生運動であり、また迷信打破の運動でもある。この幾種類かのものを退治するのも容易なことではない。四害退治においても大鳴、大放、大弁論、大字報をやらなければならない。もし全人民を動員してやり、いくらかの成果をあげることができれば、人びとの心理状態は変わり、われわれ中華民族の精神はかならず奮い立つであろう。われわれは、わが民族を奮い立たせなければならないのである。
 計画出産もりっぱにやれる見こみがある。この事も大弁論を経る必要があり、何年かかけて試験的におこない、同年かかけておしひろめ、何年かかけて普及させなければならない。
 われわれのやるべき事がらはたいへん多い。農業発展要綱四十ヵ条だけでも、やるべきことがたくさんある。しかし、これは農業計画だけであり、まだほかに工業計画、文化・教育計画があるのだ。三つの五ヵ企計画を完成したあと、わが国の様相は変化をきたすことになろう。
 われわれの予測では、三つの五ヵ年計画を経て、鋼鉄の年産を二千万トンにすることができる。ことしは五百二十万トンで、あと十年あればこの日標に達することができるだろう。インドの一九五二年の鋼鉄生産量は百六十万トンで、現在が百七十数万トン、五年間やって十数万トンしかふえていない。われわれはどうか。一九四九年は十九万トンしかなかった。三年の回復期に百余万トンになり、さらに五年やって五百二十万トンに達した。五年間で三百余万トンも増加したのである。もう五年やれば一千万トンを越すか、あるいはもうすこしふえて一千百五十万トンになるだろう。そのあと第三次五ヵ年計画をやれば、二千万トンになるのではないだろうか。これは可能である。
 わたしに言わせれば、わが国にはほんとうに希望がある。右派は、希望がないといっているが、それは完全な間違いである。かれらには自信がない。社会主義に反対しているのだから自信のあるはずがないのだ。われわれは社会主義を堅持しており、われわれはほんとうに自信があるのである。


〔注〕
〔1〕 三教は儒教、道教、仏教をさす。九流は儒家、道家、陰陽家、法家、名家、墨家、縦横家、雑家と農家をさす。「三教九流」はのちにひろく宗教と学術の各流派をさすようになり、旧社会ではひろく世間を渡り歩く各種各様の人たちをさすのにも用いられた。
〔訳注〕
① 一九五七年十月、ポーランド政府は週刊誌『ポ・プロストゥ』の発行を停止したが、これが学生の騒ぎをひき起こした。
② 毛沢東同志が、一九五七年四月三十日、各民主政党の責任者と無党派の民主人士をまねき、整風運動と知識分子の思想改造の問題についておこなった談話をさす。
③ 林側徐(一七八五~一八五〇年)は、アヘン戦争のときの中国清朝の広東・広西総督で、イギリスの侵略にあくまでも抵抗することを主張した。
  
  
  

 
 
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党内団結の弁証法的方法


          (一九五七年十一月十八日)


 これは、毛沢東同志がモスクワにおける共産党・労働者党代表者会議でおこなった発言の抜粋である。


 団結の件について、方法の問題をすこしのべてみよう。わたしに言わせると、同志であれば、敵対分子や破壊分子でないかぎり、どのような人にたいしても団結の態度をとるべきである。それらの同志にたいしては、弁証法的方法をとるべきで、形而上学的方法をとるべきではない。弁証法的方法とはなにか。すべてについて分析をくわえること、人は誤りを犯すものだと認めること、誤りを犯したからといって、その人のすべてを否定するようなまねをしないことである。レーニンはかつて、誤りを犯さない人はこの世にひとりもいない、と言ったことがある。どんな人でも他人の支持が必要である。男一匹にも加勢三人、垣根一つにも杭《くい》三本、美しい蓮《はす》の花にも緑の葉っぱ――これは中国のことわざである。中国にはさらに、靴なおしも三人よれば諸葛孔明の知恵、ということわざがある。諸葛孔明ただひとりでは、なんといっても欠陥があり、不完全なのである。われわれのこの十二ヵ国宣言をみても、第一次、第二次、第三次、第四次と草案をつくってきたが、いまだに字句のうえでの修正が終わっていない。自分は全知全能で、神と同じだというなら、そうした考え方は妥当ではないとおもう。それなら、誤りを犯した同志にたいしては、どのような態度をとるべきであろうか。分析をくわえ、弁証法的方法をとるべきで、形而上学的方法をとってはならない。わが党はかつて、形而上学――教条主義におちいったことがあり、自分の気にいらない人にたいしては完全にたたきつぶすようなことをしたものである。そのご、われわれは教条主義を批判し、弁証法をすこしずつ身につけてきた。弁証法の基本的観点は対立面の統一である。この観点を認めるなら、誤りを犯した同志にどう対処すべきであろうか。誤りを犯した同志にたいしては、第一には闘争し、誤った思想を完全に一掃しなければならない。第二には援助しなければならない。一に闘争、二に援助である。善意から出発して、誤りを改めるよう援助し、活路をあたえるのである。
 別の種類の人にたいしては、やり方がちがってくる。たとえばトロツキーのような連中、中国の陳独秀、張国燾、高崗のような連中にたいしては、援助の態度をとるわけにはいかない。かれらは救いようがないからである。また、ヒトラー、蒋介石、ツァーもみな救いようがなく、打倒するほかはない。かれらはわれわれにとって、絶対的に排除しあう関係にあるからである。この点からいえば、かれらには二重性がなく、一重性しかない。帝国主義制度、資本主義制度についても、最終的にはやはり同様なことがいえる。それらは、最終的には、かならず社会主義制度にとって代わられるのである。イデオロギーについても同様で、唯物論を観念論にとって代わらせ、無神論を有神論にとって代わらせなければならない。これは戦略目標からいうのである。戦術段階ではちがってきて、妥協ということもありうる。朝鮮の三十八度線では、われわれはアメリカ人と妥協したではないか。ベトナムでは、フランス人と妥協したではないか。
 それぞれの戦術段階では、闘争にも長じ、妥協にも長じていなければならない。ここで、同志関係のことにもどろう。同志のあいだにみぞができたばあいには会談をおこなうことを提案したい。一部の人は、共産党にはいったとたん、すべてが聖人になり、意見の相違もなければ、誤解もなく、分析をくわえる余地もない、つまり、一枚岩で、画一的で、整然としており、会談などを必要としない、と考えているらしい。まるで共産党にはいったとたん、一〇〇パーセントのマルクス主義者でなければいけないかのようである。その実、マルクス主義者もさまざまである。一〇〇パーセントのマルクス主義者もいれば、九〇パーセントのマルクス主義者もおり、八〇パーセントのマルクス主義者、七〇パーセントのマルクス主義者、六〇パーセントのマルクス主義者、五〇パーセントのマルクス主義者もいる、また、一〇パーセントか、二〇パーセントのマルクス主義しか持たない人もいるのである。われわれは、小さい部屋のなかでふたりか数人で話しあえないものだろうか。団結から出発して、援助の精神で会談をするということができないものだろうか。もちろん、これは帝国主義との会談ではなく(われわれは帝国主義とも会談する)、共産主義内部の会談である。ひとつ、例をあげてみよう。このたび、われわれ十二ヵ国は会談をしているのではないだろうか。六十数ヵ国の党は会談をしているのではないだろうか。実際には会談である。それはつまり、マルクス・レーニン主義を傷つけないという原則のもとに、うけいれてもよい他人の意見をいくらかうけいれ、放棄してもよい自分の意見をいくらか放棄するということである。こうすれば、われわれは手を二本もつことになる。つまり、誤りを犯した同志にたいし、一方の手ではこれと闘争し、もう一方の手ではこれと団結するのである。闘争の目的はマルクス主義の原則を堅持することにあり、これを原則性という。これが一方の手である。もう一方の手では団結をはかる。団結の目的は活路をあたえ、妥協を成立させることにあり、これを弾力性という。原則性と弾力性との統一はマルクス・レーニン主義の原則である。これは対立面の統一の一種である。
 どのような世界にも、矛盾が充満している。当然のことながら、階級社会ではとくにそうである。一部の人は、社会主義社会にも矛盾を「見つけだす」ことができると言っているが、こういう提起のしかたは正しくないとおもう。矛盾を見つけだせるか見つけだせないかというのではなく、矛盾が充満しているのである。矛盾が存在しないようなところは一つもなく、分析の対象となりえないような人はひとりもいない。もしも分析の対象となりえないような人がひとりでもいると認めるなら、それは形而上学である。現に、原子のなかにも矛盾の統一が充満しているではないか。ここには原子核と電子という対立する二つの側面の統一がある。原子核にはまた、陽子と中性子という対立面の統一がある。陽子にはさらに陽子と反陽子があり、中性子にはさらに中性子と反中性子がある。要するに、対立面の統一はどこにも存在するのである。対立面の統一という観念について、弁証法について、ひろく宣伝する必要がある。わたしに言わせると、弁証法は哲学者のワクをこえて、広範な人民大衆のなかにはいっていくべきである。各国の党の政治局会議と中央委員会総会でこの問題を話しあうこと、党の各級地方委員会でこの問題を話しあうことを提案したい。じつのところ、われわれの党支部書記には弁証法がよくわかっている。かれらは支部の総会での報告を準備するとき、第一にはすぐれた点、第二には欠点というように、しばしばノートに二つの点を書きこんでいる。一つが分かれて二つとなる――これは普遍的な現象であり、これが弁証法なのである。
  
  
  

 
 
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すべての反動派はハリコの虎である


          (一九五七年十一月十八日)


 これは、毛沢東同志がモスクワにおける共産党・労働者党代表者会議でおこなった発言の抜粋である。


 一九四六年、蒋介石がわれわれにたいして進攻をはじめたとき、われわれの多くの同志と全国の人民は、戦争に勝てるかどうかをひじょうに心配した。わたし自身もこのことを心配した。しかし、われわれには確信があった。当時、アンナ・ルイズ・ストロングというアメリカの記者が延安にやってきた。わたしは彼女と話をしたとき、蒋介石、ヒトラー、日本、アメリカ、原子爆弾など、多くの問題について語った。わたしはこう言った――強大だと称しているすべての反動派は、どれもこれもハリコの虎にすぎない。その理由は、かれらが人民から遊離していることにある。見たまえ、ヒトラーはハリコの虎ではなかったか。ヒトラーはうち倒されたではないか、と。わたしはまた、こう言った――ツァーはハリコの虎であり、中国の皇帝はハリコの虎であり、日本帝国主義はハリコの虎である。見たまえ、みな倒れてしまった。アメリカ帝国主義は倒れておらず、そのうえ原子爆弾ももっているが、わたしの見るところでは、これも倒れるし、やはりハリコの虎である、と。蒋介石はひじょうに強大で、四百万の正規軍をもっていた。当時、われわれは延安にいた。延安というところにはどれくらい人がいたのか。七千人である。われわれはどれくらい軍隊をもっていたのか。九十万の遊撃隊がいたが、みな蒋介石のため数十もの根拠地に分断されていた。しかし、蒋介石はハリコの虎にすぎず、われわれはかならずこれにうち勝つことができる、とわれわれは言った。敵と闘争するため、われわれは長いあいだに、一つの概念をつくりあげてきた。それはつまり、戦略的にはいっさいの敵を蔑視《べっし》しなければならず、戦術的にはいっさいの敵を重視しなければならない、ということである。言いかえれば、総体としてはかならずそれを蔑視しなければならず、個々の具体的な問題ではかならずそれを重視しなければならない、ということである。もしも総体として敵を蔑視するのでなければ、われわれは日和見主義の誤りを犯すことになる。マルクスとエンゲルスはただふたりだけだったが、当時、かれらは、全世界の資本主義はうち倒されるであろうと言った。しかし、具体的な問題、個々の敵の問題で、もしも敵を重視しないなら、われわれは冒険主義の誤りを犯すことになる。戦いはひといくさひといくさ戦うほかはなく、敵は一部分一部分消滅していくほかはない。工場はひとつひとつ建てていくほかはなく、農民が田をたがやすときも一枚一枚たがやしていくほかはない。飯を食うにしても、そのとおりである。われわれは、この飯をたいらげることができる、と戦略的には、飯を食うことを蔑視する。だが、具体的に食うとなると、やはりひと口ひと口食うのであって、だれも一卓の料理をひと口に呑みくだすことはできない。これを名づけて個々に解決するといい、軍事書籍では各個撃破というのである。
  
  
  

 
 
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