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 「プロレタリア独裁にかんするマルクス,エンゲルス,レーニンの語録」

全世界のプロレタリア団結せよ!
プロレタリア独裁にかんする
マルクス,エンゲルス,レーニンの語録
(原題:「馬克思 恩格斯 列寧 論無産階級専政」)

  



  

  

ペキン 外文出版社 1975年
出版者のことば

 本書は,1975年2月22日付『人民日報』と,1975年第3期『紅旗』誌に掲載されたプロレタリア独裁にかんするマルクス,エンゲルス,レーニンの論述の一部および『人民日報』,『紅旗』誌編集者のことばをおさめた。

『人民日報』,『紅旗』誌編集者のことば

 偉大な指導者毛主席はこのほど,理論の問題について重要な指示をおこなった.
 毛主席はつぎのようにのべている.レーニンはなぜブルジョア階級にたいして独裁をおこなうといったのか,この問題をはっきりさせなければならない.この問題をはっきりさせなければ,修正主義に変わってしまう.全国に理解させなければならない.
 毛主席は社会主義制度にふれて,つぎのようにのべている.要するに,中国は社会主義国家に属する.解放前は資本主義とほぼ同じであった.いまでも八級賃金制,労働に応じる分配,貨幣による交換がおこなわれている.これらは旧社会と大して変わらない.異なっているのは所有制が変わったことである.毛主席はつぎのように指摘している.いまわが国でおこなわれているのは商品制度であり,賃金制度も不平等で,八級賃金制が存在している,などなど.これらはプロレタリア階級独裁のもとで制限を加えるほかはない.だから,林彪のたぐいが登場すれば,資本主義制度を実行するのはきわめて容易である.したがって,マルクス・レーニン主義の著作を,もっと読むようにしなければならない.
 毛主席はさらにつぎのように指摘している.レーニンは「小生産は,資本主義とブルジョア階級を,たえず,毎日,毎時間,自然発生的に,大規模に生みだしている」とのべている.労働者階級の一部,党員の一部にも,このような状況が存在している.プロレタリア階級のなかにも,機関の工作要員のなかにも,ブルジョア的生活作風にそまるものがいる.
 毛主席の指示は,プロレタリア階級独裁にかんするマルクス主義の理論を深くほりさげて解明し,当面,プロレタリア階級独裁の理論を学習することのこのうえない重要牲を指摘している.全党の同志および全国人民はこれを大いに重視すべきである.
 われわれは毛主席の指示にしたがって,プロレタリア階級独裁にかんするマルクス,エンゲルス,レーニンの論述の一部を選択,編集し,みなの学習に供することにした.なによりもまず指導的幹部が率先してこれらの語録をしっかり学びとらなければならず,またマルクス,エンゲルス,レーニン,スターリンおよび毛主席の,プロレタリア階級独裁にかんする主要な著作を真剣に学習しなければならない.同時に,党員,幹部,広はんな大衆を組織して,しっかりと学びとらせるようにしなければならない.毛主席の指示の重要な現実的意義と深遠な歴史的意義を十分に理解するようにしなければならない.
 全国いく億の人民がプロレタリア階級独裁にかんするマルクス主義の理論を学習し,掌握することは,修正主義に反対し,修正主義を防止するうえでの大きな事柄であり,プロレタリア階級独裁をうち固め,強化するうえでの大きな事柄である.各級の党委員会はかならずプロレタリア階級独裁についての理論の学習をしっかりとりっぱにつかんで,党の基本路線と諸政策をいっそう自覚的に貫徹・実行し,枇林批孔運動をよりよく展開し,プロレタリア階級独裁のもとでの継統革命を最後までおしすすめなければならない.

 近代社会における諸階級の存在を発見したのも,諸階級相互間の闘争を発見したのも,別にわたしの功績ではない.わたしよりもずっとまえに,ブルジョア歴史学者たちはこの階級闘争の歴史的発展をのべていたし,ブルジョア経済学者たちは諸階級にたいして経済的解剖をおこなっていた.わたしが新しくやったことは,つぎの点を証明したことである.(1)諸階級の存在は,生産の特定の歴史的発展段階だけにむすびついたものであるということ,(2)階級闘争は,必然的にプロレタリア階級独裁へみちびくということ,(3)この独裁そのものは,いっさいの階級の廃絶と無階級社会とにいたる過渡をなすにすぎないということ,これである.
『マルクスからヨーゼフ・ヴァイデマイアーへ』(1852年3月5日)
 資本主義社会と共産主義社会とのあいだには,前者から後者への革命的転化の時期がある.この時期に照応してまた政治上の過渡期がある.この時期の国家は,プロレタリア階級の革命的独裁以外のなにものでもありえない.
マルクス『ゴータ綱領批判』(1875年4月—5月初め)
 この社会主義とは,革命の永続を宣言することであり,プロレタリア階級の階級的独裁のことである.この独裁は,階級差異一般の廃絶に,階級差異の基礎であるいっさいの生産関係の廃絶に,これらの生産関係に照応するいっさいの社会関係の廃絶に,そしてこれらの社会関係から生じるいっさいの観念の変革に到達するための必然的な過渡的段階である.
マルクス『フランスにおける階級闘争1848年から1850年まで』(1850年1月—11月1日)
 すべての労働手段を生産労働者に引き渡すことによって現存する抑圧条件を除去し,こうして,労働能力をもつ者は誰でも自分の生存のために労働せざるをえないようにすれば,階扱支配と階級抑圧との唯一の基礎が除去されるであろう.しかし,こうした変革が実現されるまえに,プロレタリア階級独裁が必要であり,そしてその第一条件はプロレタリア階級の軍隊である.
マルクス「国際労働者協会創立七周年祝賀会での演説」(1871年9月)
 共産主義革命とは,伝統的な所有制の関係ともっとも徹底的に絶縁することである.したがって,その発展過程で伝統的な観念ともっとも徹底的に絶緑するのは,なんらおどろくにあたらない.
マルクス,エンゲルス『共産党宣言』(1848年2月)
 階級闘争を承認するにすぎないものは,まだマルクス主義者ではない.そのような人はブルジョア思想とブルジョア政治のわくをまだ出ていないのかもしれない.マルクス主義を階級闘争の学説にかぎることは,マルクス主義を切りちぢめ,歪曲し,それをブルジョア階級にもうけいれられるものに変えることを意味する.階級闘争を承認し,同時にプロレタリア階級独裁を承認するものだけが,マルクス主義者である.この点に,マルクス主義者と月なみな小ブルジョア(ならびに大ブルジョア)とのもっとも大きな相違がある.この試金石で,マルクス主義をほんとうに理解し承認しているかどうかをためさなければならない.
レーニン『国家と革命』(1917年8—9月)
 プロレタリア階扱独裁は,より強大な敵,すなわちブルジョア階級にたいする新しい階級のもっとも決然とした,もっとも仮借ない戦いであって,ブルジョア階級の反抗は,かれらが打倒される(たとえ一国内であれ)ことによって十倍にも凶暴になる.かれらの強大さは,国際資本の力,かれらのもつさまざまな国際的連係の力と強固さにあるばかりでなく,習慣のカ,小生産の力にもある.なぜなら,小生産は残念ながら,いまなお,この世におびただしくのこっていて,この小生産が資本主義とブルジョア階級を,たえず,毎日,毎時間,自然発生的に,大規模に生みだしているからである.これらすべての理由によって,プロレタリア階級独裁は必要なのである.そして,忍耐,規律,剛毅,不屈,意志の統一を必要とする,長期にわたる,ねばり強い,死にものぐるい(ママ)の生死をかけた戦いをおこなわなければ,ブルジョア階級にうち勝つことはできないのである.
レーニン『共産主義内の「左翼主義」小児病(ママ)』(1920年4—5月)
 資本主義から社会主義へ移行するさいには,つねに二つのおもな原因によって,あるいは二つのおもな方向において,独裁が必要である.第一に,搾取者の反抗を仮借なく弾圧しなければ,資本主義にうち勝ち,これを根絶することはできないからである.搾取者からその富を,組織面と知識面でのその優位を,一挙にうばいとってしまうことはできない.したがって,かれらはかならず,かなり長い期間,憎むべき貧民の権力をくつがえそうとするであろう.第ニに,あらゆる大革命,とりわけ社会主義革命は,たとえ対外戦争がおこらなかったとしても,対自戦争,すなわち国内戦争を経ることなしには考えられないからである.国内戦争は,対外戦争よりもいっそう大きな破壊,数千,数百万件にものぼる動揺や寝がえり,および方向がきわめて不明瞭で,力がきわめて不均衡な混乱状態をもたらす.そこで,いうまでもなく,旧社会のすべての悪質分子 —かれらは勢いその数もひじょうに多く,そのほとんどが小ブルジョア階級と結びついている(なぜなら,あらゆる戦争,あらゆる危機は,だれよりもさきに小ブルジョア階級を没落させ,破滅させるから)— は,このような大変革のさいには,「その本領を発揮し」ないわけにはいかない.悪質分子が「その本領を発揮する」とは,犯罪や乱暴狼藉,買収や投機,あらゆる種類の悪事が増大すること以外のなにものでもありえない.それを収拾するには,時間が必要であり,鉄腕が必要である.
 歴史上の大革命で,人民がこのことを本能的に感じとらなかったり,また泥棒を犯罪の現場で射殺することによって悪を退冶する毅然さをしめさなかったようなものは,一つもない.これまでの革命の不幸は,高揚した闘志をたもちつづけ,悪質分子を仮借なく弾圧する大衆の革命的熱情が,十分に長つづきしなかったことである.大衆の革命的熱情が長つづきしなかった,社会的な,つまり階級的な原因は,プロレタリア階級そのものがまだ弱かったからである.ただプロレタリア階級だけが(もしかれらが十分に数も多く,自覚があり,規律をもっておれば),被搾取勤労者の大多数(もっと簡単に,もっと通俗的にいえば,貧民の大多数)をひきつけ,すべての搾取者とすべての悪質分子を完全に弾圧するにたるほど長期にわたって権力を維持することができるのである.あらゆる革命のこの歴史的経験,世界史的な —経済的および政治的な— この教訓を,マルクスは総括して,簡単な,鋭い,正確な,明瞭な定式,すなわちプロレタリア階級独裁という定式にまとめあげた.
レーニン『ソビエト権力の当面の任務」(1918年3—4月)
 搾取者階級,つまり地主と資本家の階級は,プロレタリア階級独裁のもとで消滅しなかったし,また一度に消滅することもありえない.搾取者はうち破られたが,絶滅されてはいない.かれらはまだ国際的な基盤,すなわち国際資本をもっており,かれらはこの国際資本の一支店である.かれらは,まだ部分的にいくらかの生産手段をのこしており,金をもっており,広はんな社会的つながりをもっている.かれらの反抗の勢いは,まさにかれらが敗北したことによって,百倍にも千倍にも増大した.国家,軍事,経済を管理する「技術」は,かれらに優位,きわめて大きい優位をもたらしており,そのため,かれらの果たす作用は,人口総数のうちにかれらが占める割合とは比べものにならないほど大きい.うち倒された搾取者が勝利した被搾取者の前衛すなわちプロレタリア階級に反抗する階級闘争は,極度に激しいものとなった.そして,革命であるかぎり,また〔革命という〕この概念を(第ニインターナショナルの英雄たちがみなやっているように)改良主義的幻想とすりかえないかぎり,状況もこれ以外ではありえない.
レーニン『プロレタリア階級独裁の時期における経済と政治』(1919年10月)
 われわれは,ロシアで(ブルジョア階級を打倒してから3年目に),資本主義から社会主義ヘ,すなわち共産主義の低い段階へ移行する最初の時期におかれている.プロレタリア階級が権力を獲得したのちも,階級はのこっており,また長い年月にわたっていたるところにのこるであろう.農民のいない(だがやはり小経営主はいる!)イギリスでは,おそらくこの期間は,もっと短くなるであろう.階級を廃絶することは,地主と資本家を追いだすこと —われわれはこれを比較的容易にやりとげた— を意味するだけではなく,小商品生産者を絶滅することをも意味している.だが,かれらは追いだすこともできなければ,押しつぶすこともできないものであり,かれらとは仲よく暮らしていかなければならない.そして,きわめて長期にわたる,ひじょうに漸進的で,慎重な組織活動によってはじめて,かれらを改造し,再教育することができる(またそうすべきである).かれらは,小ブルジョア的な雰囲気で,四方八方からプロレタリア階級を取りまき,それをプロレタリア階級にしみこませ,それによってプロレタリア階級をむしばみ,たえずプロレタリア階級の内部に小ブルジョア的な軟弱性,散漫性,個人主義を,また熱狂(ママ)から意気消沈への変転などのぶりかえしを引きおこしている.こうした悪影響を排除し,プロレタリア階級の組織者としての役割(これが,プロレタリア階級の主要な役割である)を正しく,首尾よく,また勝利のうちに果たすためには,プロレタリア階級の政党の内部に,もっとも厳格な集中制と規律が必要である.プロレタリア階級独裁は,旧社会の諸勢力と伝統にたいするねばり強い闘争であり,それには流血のものもそうでないものも,暴力的なものも平和的なものも,軍事的なものも経済的なものも,教育的なものも行政的なものもある.幾百万人,幾千万人の習慣のカは,もっともおそるべきカである.闘争のなかできたえられた鉄のような党がなく,その階級のすべての誠実な人から信頼されている党がなく,また大衆の気持を察し,大衆の気持に影響をおよぼすことに長じている党がなければ,このような闘争を成功裏にすすめることはできない.集中化された大ブルジョア階級にうち勝つことは,何百万もの小経営主に「うち勝つ」ことよりもはるかに容易である.小経営主は,日常的に,日ごとに,気のつかない,とらえどころのない腐食作用をおよぼす活動によって,ブルジョア階級に必要な結果,つまりブルジョア階級を復活させる結果を生み出している.いくらかでもプロレタリア階級の党の鉄の規律を弱めようとする(とくにプロレタリア階級独裁の時期に)ものは,事実上プロレタリア階級に反対するブルジョア階級をたすけるものである.
レーニン『共産主義内の「左翼主義」小児病(ママ)」(1920年4—5月)
 そうだ,労働者階級は旧ブルジョア社会から万里の長城でへだてられているわけではない.革命がぼっ発するときには,事は,人間が死んで,ただその死体を外にはこびだせばすむという具合に,おこるものではない.旧社会が死滅するときには,その死がいを棺桶にいれて墓におさめるという具合にはいかない.それはわれわれの間で,腐敗し,われわれをむしばみ,われわれに病気を感染させる.
レーニン『全ロシア中央執行委員会,モスクワ労働者・農民・赤軍代表ソビエトおよび労働組合の合同会議』(1918年6月)
 ここで言及しているのは,それ自身の土台のうえに発展した共産主義社会ではなくて,反対に,いまようやく資本主義社会から生まれたばかりの共産主義社会である.したがって,この共産主義社会は,あらゆる面で,経済的にも道徳的にも精神的にも,それが生まれ出てきた母胎たる旧社会の母斑をまだおびている.だから,個々の生産者は,かれが社会にあたえたのとまったくおなじだけのものを —すべての控除をおこなったうえで— 社会からかえしてもらう.かれが社会にあたえたものは,かれ個人の労働量である.たとえば,社会的労働日は個人的労働時間の総和からなっており,個々の生産者の個人的労働時間は,社会的労働日中のかれの給付部分,すなわち社会的労働日中のかれの持分である.かれはこれこれの労働(社会的基金のためにおこなった労働分を控除したうえで)を給付したという証明書を社会からうけとり,この証明書をもって,社会的ストックから,かれの給付した労働量に相当する消費資料をひきだす.かれは,一つの形で社会にあたえたのと同じ労働量を,別の形でかえしてもらうわけである.
 ここではあきらかに,商品交換が等価の交換であるかぎり,この交換を規制するのと同じ原則が支配している.内容も形式も変わっている.なぜなら,変化した事情のもとでは,誰も自分の労働のほかにはなにものも給付することはできないし,また他方では,個人的消費資料のほかにはなにものも個人の所有にすることはできないからである.しかし,個々の生産者のあいだでの個人的消費資料の分配については,商品等価物の交換の場合と固じ原則が支配し,一つの形の一定量の労働が別の形の同一量の労働と交換されるのである.
 したがって,ここでは平等な権利は,原則からいって,やはりブルジョア的権利である.もっとも,ここではもはや原則と実際とが衝突することはないが.しかし,商品交換のなかでの等価物の交換は,たんに平均数として存在するだけで,個々の場合には存在しないのである.
 このような進歩があるにもかかわらず,この平等な権利はまだつねにブルジョア的なワクのなかに制限されている.生産者の権利は,かれの給付する労働に比例する.平等は,同一の尺度 —労働— で計られる点にある.
 だが,ある者は,肉体的または精神的に他の者にまさっているため,同じ時間内により多くの労働を給付し,あるいはより長い時問の労働をおこなうことができる.そして,労働が尺度の役割を果たすには,その時間か強度かによって規定されなければならない.そうでなければ,それは尺度ではなくなる.この平等な権利は,不等の労働にとっては,不平等な権利である.誰でも他の人と同じく労働者であるにすぎないから,この権利はなんの階級差異をもみとめない.しかしそれは,不等の個人的天分を,したがってまた不等の労働能力を,生まれながらの特権として黙認している.だから,それは内容からいえば,すべての権利とおなじように,不平等な権利である.権利は,その性質上,同一の尺度をつかう場合にだけなりたちうる.ところが,不平等の個人(かれらが不平等でなければ,別々の個人とはいえないであろう)を同一の尺度で計ることができるのは,ただかれらを同一の視点のもとにおき,ある一つの特定の面だけからこれをみるときにかぎる.たとえばこの場合には,人々はただ労働者とみなされるだけであって,それ以外のなにものともみなされず,他のことはいっさい無視されるのである.さらに,ある労働者は結婚しており,他の労働者は結婚していないとか,ある者は他の者より子供が多い,等等.だから,労働の出来高は平等であり,したがって社会的消費財にたいする持分は平等であっても,ある者は他の者より事実上多くうけとり,他の者より富んでいる,等々.これらすべての欠陥をさけるためには,権利は平等ではなく,不平等でなければならないだろう.しかし,これらの欠陥は,長い生みの苦しみののち,資本主義社会から生まれたばかりの共産主義社会の第一段階では,避けることができない.権利は,社会の経済的構成およびそれによって制約される社会の文化的発展を越えることは,けっしてできない.
マルクス『ゴータ綱領批判』(1875年4月—5月初め)
 共産主義社会の第一段階(これが普通には社会主義と呼ばれている)では,「ブルジョア的権利」は,完全に廃棄されるのではなく,部分的にだけ,すでに達成された経済的変革の度合に応じてだけ,すなわち生産手段にかんしてだけ,廃棄されるのである.「ブルジョア的権利」は,生産手段を個人の私有財産としてみとめる.社会主義はこれを共有財産にする.そのかぎりでは, —そのかぎりにおいてのみ— 「ブルジョア的権利」はなくなる.
 しかし,このブルジョア的権利は,その他の面では,社会の成員のあいだの生産物の分配と労働分配の規制者(決定者)として,やはりのこっている.「働かざるものは食うべからず」 —この社会主義的原則は,すでに実現されている.「等しい量の労働に等しい量の生産物を」— この社会主義的原則もまたすでに実現されている.だが,これはまだ共産主義ではない.そして,これはまだ,不平等な人間の不等(事実上不等の)量の労働にたいして,等しい量の生産物をあたえる「ブルジョア的権利」を除去していない.
レーニン『国家と革命』(1917年8—9月)
 マルクスは,人間の避けがたい不平等をきわめて正確に予測しているばかりでなく,生産手段を社会全体の共有財産にうつす(普通の用語法での「社会主義」)だけでは,まだ分配の欠陥と「ブルジョア的権利」の不平等とが除去されず,「労働に応じて」生産物が分配されるかぎり,この権利が支配しつづけることをも予測している.
レーニン『国家と革命』(1917年8—9月)
 消費財の分配についてのブルジョア的権利は,もちろん,不可避的に,ブルジョア国家の存在を予想する.なぜなら,権利というものは,権利の基準の遵守を強制できる機関なしには,ないのも同然だからである.
 そこで,共産主義のもとでも,ある期間,ブルジョア的権利がのこっているだけでなく,ブルジョア階級のいないブルジョア国家さえのこっていることになる!
レーニン『国家と革命』(1917年8—9月)
 デューリング氏は,各人にたいして「等量の消費」をおこなう権能をあたえているが,しかし,だれにたいしても,かならずそうするように強制することはできない.それどころか,かれは,かれの世界では誰でも自分の貨幣でなんでも好きなことをやれるのだ,と誇っている.だから,かれは,一部の人がささやかな貨幣を貯える一方で,他の一部の人は支払われた賃金ではやってゆけないという事態がおこるのを,防ぐことはできない.かれは,そうした事態が不可避となるようにさえしている.というのは,かれは,家族の共有財産の相続権を明確に認めており,そのことからさらに,両親が子供を扶養するという義務が生まれてくるからである.だが,そうなると,等量の消費に大きな裂け目ができてくる.独身の男子は,かれのもらう1日8マルクないし12マルクの賃金で,なに不自由なく,たのしく暮らせるが,8人の未成年の子供をかかえた男やもめは,それだけでは食うや食わずの暮らししか立たない.ところが,その一方で,コミューンはなんの疑いもなく貨幣の支払をうけるため,その貨幣が自分の労働以外の方法で得たものかもしれないという可能性がでてくる.それにはなんの臭いもない.コミューンは,その貨幣の出所を知らない.だが,そうなると,これまでは労働証券の役割を演じていたにすぎない金属貨幣がほんとうの貨幣機能を果たすいっさいの条件がそなわったことになる.一方では貨幣を貯蔵し,他方では負債を背負いこむような機会と動機が現われてくる.困窮者は貨幣貯蔵者から借金する.この借りた貨幣を,コミュ—ンが生活手段にたいする支払として受け取ると,それによって,この貨幣は,ふたたび今日の社会における貨幣と同じものに,すなわち人間労働の社会的化身,労働の現実の尺度,一般的な流通手段になる.世界中のあらゆる「法律と行政規則」もこれにたいして無力なことは,それらが九九の表や水の化学的組成にたいして無力であるのと同じである.また,賃幣貯蔵者が困窮者から利子をもぎとることのできる立場にあるため,高利かせぎも貨幣として機能する金属貨幣といっしょに復活する.
エンゲルス『反デューリング論』(1876年9月—1878年6月)
 商品生産社会が商品自体に固有の価値形態をさらに貨幣形態にまで発展させると,価値のうちにまだ隠れていたさまざまな萌芽がたちまち表面に現われてくる.その最初の,もっとも重要な結果は,商品形態が普遍化することである.貨幣は,それまで直接の自家消費のために生産されていた対象にまで商品形態をおしつけ,それらを交換のなかに引きこむ.そこで,商品形態と貨幣は,生産のため直接に結合した社会的共同体の内部経済のなかにまで侵入し,この共同体のさまざまな紐帯をつぎつぎに断ちきり,共同体を解体させて私的生産者の群れにしてしまう.
エンゲルス『反デューリング論』(1876年9月—1878年6月)
 取引の自由とはどんなことか.取引の自由とは,商業の自由であり,商業の自由とは,資本主義への後退を意味する.取引の自由や商業の自由は,個々の小経営主間の商品交換を意味する.少なくともマルクス主義のイロハを学んだわれわれは誰でも,この取引と商業の自由から不可避的に現われてくるのは,商品生産者が資本の所有者と労働力の所有者とに分化し,資本家と賃金労働者とに分化すること,すなわち資本主義的賃金奴隷制が復活することだということを知っている.このような制度は,天から降ってくるものではなく,全世界においてほかならぬ商品的農業経済から成長してくるものである.われわれはこのことを理論的によく知っている.そしてロシアでは,小農の実生活とその経営条件を注意深く観察してきたものなら,誰でもこのことに気づかないわけにはいかない.
レーニン『ロシア共産党(ボ)第十回大会』(1921年3月)
 ブルジョア階級は商品生産から生まれてくる.商品生産の条件のもとで,自分の家族用として必要な量以上の余分の穀物を数百プードももっていながら,飢えた労働者をたすけるためにそれを労働者国家に貸そうとせず,投機にまわしている農民は,いったいなんであろうか.かれらはブルジョア階級ではないだろうか.ブルジョア階級はこのようにしてうまれてくるのではなかろうか.
レーニン『ロシア共産党(ボ)第十回大会』(1921年3月)
 そうだ,われわれは地主とブルジョア階級をうち倒して道を掃ききよめはしたが,まだ社会主義の建物をうちたてたわけではない.そして,ふるい世代を1掃した土壌のうえには,歴史的にたえず新しい世代が現われてくる.なぜなら,この土壌は数多くのブルジョアを過去に生み出したし,現在も生みだしているからである.そして,資本家にたいする勝利を,小所有者が見るように見ているものは,「かれらはボロ儲けした,こんどはおれの番だ」といっている.こういう人間はみな,ブルジョアの新しい世代の源ではないか.
レーニン『全ロシア中央執行委員会の会議』(1918年4月)
 経済分野の諸事実に大変くわしい同志ルィコフは,わが国に存在する新しいブルジョア階級についてのべたのである.これはほんとうである.新しいブルジョア階級はわれわれのソビエトの職員のなかから生まれているばかりではなく —かれらのなかからも,わずかながら生まれる可能性はあるが— ,資本主義的銀行のくびきから解放され,いま鉄道輸送から切りはなされている農民や手工業者のあいだからも生まれているのである.これは事実である.諸君はどうやってこの事実を回避しようというのか.それを回避するのは,ただ自分の幻想にふけるものか,あるいはまだ十分に消化していない本の知識を,はるかに複雑な現実のなかにもちこむものにすぎない.現実が示していることは,ロシアでさえ,すべての資本主義社会と同じように,資本主義的商品経済がまだ生きており,活動し,発展しており,ブルジョア階級を生みだしつつあるということである.
レーニン『ロシア共産党(ボ)第八回大会』(1919年3月)
 ソビエトの技師,ソビエトの教師,ソビエトの工場で特権をもつ,すなわちもっとも熟練した,もっとも地位の高い労働者の内部で,ブルジョア議会制度につきものの,すべての否定的な特徴がたえず復活しているのを見うけるが,われわれは,プロレタリア階級の組織性と規律性をもって,くりかえし,うまずたゆまず,長期にわたり,ねばり強くたたかうことによってはじめて,この害悪を —徐々に— 征服することができるのである.
レーニン『共産主義内の「左翼主義」小児病(ママ)」(1920年4—5月)
 労働者は,けっして万里の長城によって旧社会から切り離されてはいなかった.かれらのあいだにも,資本主義社会の伝統的な心理が大量に保存されている.労働者は,旧世界の泥をぬぐいさった新しい人間に変わったうえで,新しい社会を建設しているのではなく,まだこの泥に膝まではまりこんでいるのである.この泥をぬぐいさることについては,ただ夢想するほかはない.このことがたちどころにやれると考えるのは,このうえない空想であろう.それは,実践的には社会主義の世界を天上へおしやるにすぎない空想であろう.いや,われわれは,そのようなやり方で社会主義を建設しようとしているのではない.われわれは,資本主義社会の土壌のうえに建設しているのであり,勤労者もまたもっている,つねにプロレタリア階級の足手まといとなるすべての弱点や欠陥とたたかっているのである.
レーニン『労働組合第二回全ロシア大会での報告』(1919年1月)
 いま,ソビエトの代議員を「国会議員」に変えようとするか,あるいは完了に変えようとする小ブルジョア的な傾向が存在している.このような傾向とは,ソビエトのすべての代議員を実際の管理活動に参加させることによって,たたかわなければならない.多くの地方では,ソビエトの各部局が,しだいに人民委員部と合体しつつあるような機関に変わってきている.われわれの目的は貧民をひとりのこらず実際の管理活動に参加させることである.そしてこれを実現するためのあらゆる方策 —それは多様であればあるほどよい— は詳細に記録され,研究され,体系化され,より広はんな経験によって点検され,法制化されなければならない.われわれの目的は,勤労者のひとりひとりに八時間の生産的労働の「日課」をおえたあと,さらに無償で国家的義務を遂行させることにある.このような制度に移行するのはとくに因難であるが,この移行を実現しないかぎり,社会主義の最終的確立を保障することはできないのである.
レーニン『ソビエト権力の当面の任務』(1918年3—4月)
 名ばかりの党員なら,ただでくれても,われわれは要らない.党員数の増加についてではなく,党員の質の向上と「党内にもぐりこんだ分子」の粛清について心をくばっている世界で唯一の政府党が,わが党—革命的労働者階級の党である.これらの「党内にもぐりこんだ分子」を追放し,また自覚の高い心から共産主義に身をささげる者だけを党内にのこしておくために,われわれは何度も党員の再登録をおこなった.政府党の党員という地位を利用して私利を「はかる」だけで,共産主義のための献身的な活動という重荷をにないたがらない者を党から粛清するために,われわれは戦線への動員と土曜労働への参加を利用した.
レーニン『労働者国家と党週間』(1919年10月)
 日和見主義者はわれわれの主要な敵である.労働運動における上層分子の日和見主義は,プロレタリア階級の社会主義ではなく,ブルジョア階級の社会主義である.労働運動内部の日和見主義的派別に属する活動家によってブルジョア階級を擁護する方が,ブルジョア自身がのり出すよりよいということは,事実が証明している.
レーニン『共産主義インターナショナル第2回大会』(1920年7—8月)
 わが国では,ブルジョア階級はうち負かされた.だが,かれらはまだ,根絶されていないし,絶滅されていないし,また完全にうちくだかれてもいない.したがって,ブルジョア階級にたいする新たな,いっそう高度な闘争形態が,すなわち,資本家をさらに収奪するというもっとも単純な任務から,ブルジョア階級が存在することもできなければ,ふたたび発生することもできないような条件をつくりだすという,はるかに複雑で因難な任務にうつることが,日程にのぼってくる.この任務がこのうえなく重要なものであるということ,そしてこの任務を解決しないうちは,まだ社会主義もありえないということは,明らかである.
レーニン『ソビエト権力の当面の任務』(1918年3—4月)
 明らかに,階級を完全に廃絶するには,搾取者,すなわち地主と資本家を打倒する必要があるばかりでなく,かれらの所有制を廃止する必要があるばかりでなく,さらに,生産手段のあらゆる私有制を廃止する必要があり,都市と農村の差異,肉体労働者と精神労働者の差異をも廃絶する必要がある.これは,ひじょうに長い年月を要する事業である.
レーニン『偉大な創意』(1919年6月)
 「共産主義的なもの」は,土曜労働が出現するときにのみ,生まれるものである.このような労働は,いかなる政府つまり国家によってもノルマとされていない,個人によって公共のために広はんな規模でおこなわれる無償の労働である.これは,農村によくみられるような隣人の助け合いではなく,全国家的な必要のためにおこなわれる,広はんな規模で組織された,無償の労働である.だから,「共産主義」という言葉を党の名称につかうだけでなく,われわれの生活のなかで真に共産主義的なものを実現しつつある経済現象に,もっぱらそれを適用することが,いっそう正しいであろう.もし,ロシアの現在の制度にもなにか共産主義的なものがあるとすれば,それは土曜労働だけであり,その他のものは,資本主義に反対し社会主義を強化するための闘争にすぎない.社会主義が完全な勝利をおさめたのち,はじめて,われわれが土曜労働から見たような,書物上のものではなく,生きいきとした現実の共産主義が,成長してくるであろう.
レーニン『ロシア共産党(ボ)モスクワ全市会議での土曜労働についての報告』(1919年12月)
 われわれは,すでに開始し,2年にわたってすすめてきた革命を断固として最後までやりぬく決意である.(拍手)この革命は,われわれが新しい階級への権力の移行をなしとげる場合にだけ,ブルジョア階級,資本主義的奴隷所有者,ブルジョア・インテリゲンチア,すべての有産者つまり所有者の代表にかわって,新しい階級が国家管理,国家建設,新生活指導のあらゆる面に,下から上まで参加する場合にだけ,可能であり,実現できるのである.
レーニン『労働組合第二回全ロシア大会での報告』(1919年1月)
 共産主義社会のより高い段階において,すなわち,分業への個人の奴隷的従属が消滅し,それとともに精神労働と肉体労働との対立が消滅したのち,労働がたんに生活のための手段であるばかりでなく,労働そのものが生活の第一欲求となったのち,個人の全面的な発展にともなって生産力も増大し,協同社会的富のあらゆる泉がいっそうゆたかにわきでるようになったのち—そのときはじめて,ブルジョア的権利のせまい限界を完全にふみこえることができ,社会はその旗のうえにこう書くことができる, —各人はその能力に応じて働き,各人にはその必要に応じて分配する!
マルクス『ゴータ綱領批判』(1875年4月—5月初め)
 共産主義者は,自分の見解や意図をかくすことを恥とする.共産主義者は,かれらの目的は既存の全社会秩序を暴力でくつがえすことによってはじめて達成できるということを,公然と宣言する.支配階級を共産主義革命のまえにふるえあがらせよう!プロレタリアがこの革命のなかで失うものはただ鉄鎖だけである.かれらの得るものは全世界である.
マルクス,エンゲルス『共産党宣言』(1848年2月)
 わたしはまた,諸君が,討論したり講義を聞いたりするほかに,いくらかの時間をさいて,マルクスとエンゲルスのもっとも主要な著作をせめていくつかでも読むように希望する.それらの主要な著作は,文献目録や,諸君の図書館でソビエト学校と党学校の学生の利用に供されている参考書のなかからさがし出せるにちがいない.だが,この場合も,最初は叙述がむずかしいため,しりごみする人がいるかもしれない.だから,わたしは,気を落とさないようにすること,はじめて読んだときにはわからなかったところも,くりかえして読むか,のちにちがった角度からこの間題を検討するかすれば,わかるようになるということを,あらためて注意しておきたい.というのは,もう一度くりかえしていうが,この間題はきわめて複雑で,ブルジョア学者や文筆家のためにひどく混乱させられているため,これを真剣に考え,独自的に把握したいとおもう人は誰でも,この問題をなんども取りあげ,くりかえしそれに立ちかえり,いろいろの角度から考えなければ,明瞭な,しっかりした理解が得られないからである.そして,諸君がこの問題にくりかえし立ちかえる機会は,ひじょうに多い.なぜなら,これは政治全体のきわめて基本的な,根本的な問題であり,現在のような,あらしのような革命期においてだけでなく,たとえもっとも平和的な時期においても,諸君は,経済問題や政治問題に関連する記事をのせているどの新聞を見ても,毎日のように,国家とはなにか,国家の本質はなにか,その意義はどこにあるか,資本主義の打倒をめざしてたたかっているわが党つまり共産党の国家にたいする態度はどうか,という問題に突きあたるからである.
レーニン『国家について』(1919年7月)




  
  
  

 
 
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顶端 Posted: 2013-03-02 19:21 | 1 楼
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